04

「ねえ、。君、エルヴィンの部屋から服装を乱して出て来たって本当?」
「分隊長。お前、口を開くと余計なことしか言わねぇし、しねぇよな」

自分の手元にあった紙を取り上げ、引き裂いているハンジを見上げてため息交じりにそう呟く
書いている途中だった退団届はその手の中で細かい紙片へと姿を変えて机のわきにあるゴミ箱へと捨てられた
ぱっぱと手を払うと眼鏡の奥で目を細めて口を開く

「ハンジって呼んでよ」
「分隊長で通じるだろうが」
「そりゃそうだけどさあ……ところで、エルヴィンと何があったの?」
「なにもねぇよ、あの変人とは!」
「でも退団届なんて……」
「疲れたんだよ。変人ばかりに囲まれて」
「エルヴィン可哀そう……君のことが大好きなだけなのに」
「ふざけるな」

仕事中になんの話をしだすのか
面倒だと思いながら立ち上がるとハンジを廊下へと追い出した
今日はもう顔を見せるなと言い置くと扉を閉めて机に戻る
端に寄せていた書類を手元に持ってきて目を通した
報告は聞いているから仔細を確認してサインをして
そんなのを何度も、書類が無くなるまで繰り返しているとあっという間に時間が過ぎた
肩をパキパキと鳴らしながら立ち上がり、昼飯に行こうと部屋を出る
今日の天気は良く、気持ちの良い風が吹いていた
こんな日は訓練施設で飛び回りたい
少し前にはそんなことが出来たのに――と思っているとゴツゴツと足音が聞こえてくる
ミケかとそちらへ顔を向ければその通りの人物が近付いてきていた


「ん?」
「エルヴィ――」

その言葉を聞いて目の前の窓から外へと飛び出した
今はまだあの人には会いたくない
だからミケには悪いが逃げさせてもらおう
付き合いの長い彼ならばエルヴィンを説得して――くれるだろうか
はそう思いながら全身に風を受け、支点を生かして高く宙へと舞い上がった


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


訓練施設にいれば様々な声や音が耳に届く
アンカーの刺さる音、ガスの噴出音、訓練兵の声や、巨人の模型が壊される音
人よりも耳が良いと言われる自分には普通は聞こえない音も拾えるようだ
葉が擦れ合う涼やかな音を聞きながら木の幹に寄り掛かり、腰を下ろして脚を伸ばす
腕を組み、顔を伏せるようにして目を閉じて
ずっとこうしていたいと思いながら色々な音を、様々な方向から聞いていた
親しい人に限り、立体機動装置の音でも誰なのかが分かる
今、自分のほぼ正面から近付いてきているのは――
目を開け、顔を上げて見えたのは丁度木の幹に着地したオルオの姿だった

「……やっぱりお前か。飯の時間じゃねぇのか?」
「ああ、ちょっと用事が出来てな」
「ふぅん。兵長の班も大変だな」
「まあ、そうなんだが……お前、大丈夫か?」
「ん?」
「ケツ……」
「やられてねぇからな!」
「!……そうか、良かった……無事だったか!心配したんだぞ!」
「はぁ……」

親友にまでそんな心配をされていたとは
まあ、あんな状態だったから自分でも違和感がないか真っ先に確認してしまったが
そんなことを考えているとオルオが右手を背中側に回した
カキン、と聞こえた金属音
今のは聞き覚えがあるが――

。お前、今……休憩中か?」
「ああ。何か食欲なくて……二日酔いで頭痛ぇし」
「だよな……そんな時に、本当に悪いとは思うんだが……」

言いながら彼が右手を前に持ってきて見えたのは信煙弾を打ち上げる為の銃だった
その撃鉄は既に起こされている
先ほどの金属音はあれかと思っているとオルオが右腕を上に上げた

「すまん、!逃げてくれ!」

言い終えるのと同時に人差し指で引き金を引く
次の瞬間にはドンッと大きな音が響き、緑色の煙が空高く打ち上げられた
それを見上げて――は目を見開くとオルオへ視線を戻す

「お前……!」
「ごめん、本当にごめん!俺だってやりたくっ――!っつぅ、でも、兵長が団長の命令だって!」
「はは……お前に裏切られるとは思わなかった」

言葉の途中で舌を噛んだオルオには力なく笑い、木の幹から背を離して立ち上がった
立体機動装置のグリップを握ると彼の目の前まで飛び、兵長と揃いのスカーフを掴む
そのまま足を踏み出して背後の木の幹にその体を押し付けた

「おい」
「っ、悪かったって!だから逃げやすいように目の前で信煙弾――」
「脱げ、オルオ」
「はい?」
「さっさと服を脱げ」
、なにを言って――」
「時間がねぇ。聞こえるんだよ、近付いて来る音が!」

自分の後方、斜め右、左
一体何人の兵士に自分の捕獲を命じたのか
まだ音は遠いが確実に近付いているのが分かり、混乱しているオルオのスカーフを取った
ジャケットを引き剥がし、ベルトを手早く外してシャツの釦を引きちぎる勢いで外して――
吃驚している彼に構わずに自分も同じようにジャケットを脱いだ
ベルトに苦戦したがなんとか目的を達成するとアンカーを撃って音のない方向へと飛ぶ

「オルオ。お前とペトラの恥を最小限に留めてやった俺に……大した裏切りだな」
「あの時のことは感謝してるって!」
「洗濯までしてやったってのに!もう漏らしたって助けてやらねーからな!バーカ、バーーカ!」
「二度と漏らすかよ!バーカ、バーーカ!」

子どものような言い合いをしてからその場を後にした
とにかく、信煙弾を見て集まる奴らから身を隠しながら逃げなければ
音に集中して、ミケの匂いでの追跡も今の自分なら多少は誤魔化せるだろう
はそう思いながら次の支点にアンカーを撃ちこんだ




カッと踵の音を立てて木の枝へと着地する
同じ枝の木の幹の側にはオルオが座り込んでいた

「オルオ、どうした」
「っ……あ、団長……」

こちらを見上げた彼が肩に羽織っただけの衣類を手で掴んで立ち上がる
スラックスは中途半端に腰に引っかかり、ブーツすらも履いていなかった
ベルトも外されていて彼の肩に引っ掛けられ、立体機動装置は側に乱雑に置かれている

「てめぇ……なんだその格好は」
「兵長っ、すいません。脱がされたと思ったら半端に着せられて。俺も訳わからなくて」

リヴァイが上部の枝にアンカーを刺してオルオの側にぶら下がると、慌てたように服装を整え始めた
ごそごそと身嗜みを整える彼の様子を見て違和感を覚える
何かが――と視線を行き来させてジャケットの中に着る服に目を留めた

「その、を見つけたんですけど……あいつ、耳が良いでしょう?近付いて来る音に気付いて逃げました」
「そうか。彼はどの方角に?」
「えっと……」
「エルヴィン」
「ミケ」
「匂いが変わっている」
「っ……」

彼の言葉にベルトを着けていたオルオがビクリと体を揺らした
視線を向けると曖昧に頷いて口を開く

「はい。が俺の服を着て……これがの服です」

身長も体系もさほど変わらない二人
服を取り替えても大きさに問題はないのだろう
現に、身なりを正せば普通に体に合っていた
が普段身に着けている襟の高い黒い服とその中に着る白いシャツ
ジャケットの袖から覗くひらひらとしたシャツの袖も見覚えがあるものだった
そんなオルオの匂いをスンスンとミケが嗅ぎ、周囲の匂いを確認する

「む……?」
「どうした」
「いや……混ざっていて分かり難いが、恐らく向こうだ」
「行くぞ」
「まだ追うのか」
「団長、ただ一緒に茶を飲みたいだけで部下を使うなんて……」
「彼が何故か私を避けるのだ」
「そりゃセクハラしてれば逃げますよ」

ぼそりと漏らされたオルオの言葉に彼の方を見た
の服を身に着けた青年と目が合うとエルヴィンは少し考えてから口を開く

「セクハラ?」
「えっ!?ちょ……兵長、団長はあれがセクハラだとご存じない!?」
「エルヴィン。お前いつから馬鹿になりやがった」
「……?」
「お前の行動は傍から見ればセクハラだ」
「……私は、ただ愛情表現を……」
「団長のは過激なんスよ……」
「エルヴィン。は人との触れ合いに慣れていない」
「そうっスね。あいつ人付き合いを避けてるから……俺とか、ペトラは仲が良いほうですけど」
「彼に恋人は」
「居ませんよ。あんな顔だから昔からモテるんですけど、声を掛けにくい印象があるんで。女なんて憧れてるだけで寄り付きません」
「そうか……ではまず……友人からと言いたいが二度もキスをしていては友人の域は出てしまったな」
「「「……」」」
「仕方がない。恋人として交際を申し込もう。さあ、を捕獲してくれ。……前進せよ!」

無駄に強い眼力と、響く声に体が勝手に反応する
アンカーを撃ち、先ほどミケが言った方角へ飛びながらオルオは親友の不運を嘆いた

、強く生きろよ……!)




訓練施設だからこそ点在している補給地点
それは逃亡者である自分にはありがたいものだった
ガスの補給をしながらそろそろ部屋に戻ろうかと思い、方向を変えて飛ぶ
背後にはリヴァイがいるが、彼も存外にしつこかった
それに何故か追跡者の数が倍以上に増えているのが音で分かる
距離を離す為に高く飛ぼうとしたところでザッと音がして前方に人影が現れた

「やれ、ベルトルト!」
「えいっ」

屈強な男の肩に立つ、ひょろりとした長身の若い男
何だと思った次の瞬間には彼の手がこちらの足首を掴んでいた

「は、うわっ――あ゛ぁ!」

体勢が崩れたところで背に突っ込んできた重さにアンカーが外れ、肺から漏れる空気が変に声帯を振るわせてそのまま地面へと倒れ込む
強かに打った胸に呼吸が一瞬止まったところでわっと声が聞こえ、次々と体に重さが乗り掛かり、多数の手が触れた
立体機動装置のグリップを両手からもぎ取られてその手首も地面へと押さえつけられる
なんだこれはと思っていると項の辺りをグリ、と踵で踏みつけられるのが分かった

「おい、。てめぇこれ以上手間を掛けさせるな」
「……兵長……なんだ、これは……」
「てめぇが逃げるからだ。大人しく犠牲になれ」

彼の言葉に脱力して地面へと顔を伏せる
この援軍は一体なんなのだろうか
先ほどの二人の男は確か、104期の――
そう考えている自分の前にザッと音を立てて下りてきた男には内心舌打ちをした

2022.02.10 up