「え?がどんな人かって?」
「はい……さんとあまり話したことないなと思って」
エレンの言葉にハンジは片手を顎に沿えた
この前、騒ぎがあって彼――――は色々と大変な目に合ったそうな
話に聞いた程度だが公衆の面前でエルヴィンに堂々と告白をされて、諦めたように受け入れたとか
104期生はその現場を目撃しているようで、それで彼に興味を持ったのだろう
ならば自分が知りえることくらいは話しても良いだろうか
そう思い、頷くと作戦会議室へとその場にいるエレン、ミカサ、アルミンを誘導する
時間帯のせいで人の居ないその場所の一つの机に対面するようにして座ると両手の指を顔の前で組んだ
「・。十九歳。調査兵団分隊長。……彼は、怒らせると怖いよ」
「えっ」
「怒る……さんが怒ることがあるんですか?」
「少し、その口は悪いとは思いますが、怒ったところなんて一度も……」
返された言葉に頷いて背もたれに体を預ける
昔を思い返すように目を細めると脚を組んで視線をエレンに向けた
「あの子は立体機動術も対人訓練も学力も全て首席、天才だよ。あの歳で討伐数五十三、討伐補佐数二十七を記録している」
「!……凄い……」
「おまけに異常に耳が良くて音で正確な巨人の位置が一キロ先まで分かる。そして、戦況を見るのが上手い。必要ならば仲間を見捨てる非情さもある……兵士らしい兵士だね」
「特殊な能力もある人なんですね。あの歳で分隊長になった理由が分かりました」
「壁外に出る時はの耳とミケの鼻が頼りになるよ。後は……人と関わらないようにしているけど、同期の二人だけは別。あの子たちとはよく一緒にいるのを見掛けるよ」
「同期の二人?」
「特別作戦班。通称リヴァイ班。精鋭が揃えられた班員だね。本当は、が入るような話もあったんだけど」
「そうなんですか?」
「うん。でもね、エルヴィンが駄目だって」
「団長が……何か理由があったんですか?」
エレンにそう聞かれてハンジは視線をちらりと窓の方に向けた
話しても良いものかと悩むが、もう周知の事実だから構わないか
そう思い、頷いて視線を戻した
「ほら、エルヴィンはの事が好きだろう?リヴァイの側に居させたくなかったんだよ」
「「「……」」」
「まぁ、戦力が偏り過ぎるっていうのも、あるんだけど。リヴァイとが一緒に行動してたら手薄な部分も出てくるからね」
「……そうですね」
「あはは……えぇっと、そうそう。リヴァイ班のオルオ・ボザド、ペトラ・ラルの二人がの同期なんだよ」
「見たことがあります。さんと親しそうに話をしているのを」
アルミンの言葉にハンジは笑って頷いた
頬に触れる髪を指先で払って頬杖を突く
「あの二人だけだよ、が名前で呼ぶのは」
「確かに……私たちはお前とか104期としか呼ばれていません」
「親しくなろうとしないんだよ。他の同期とは禄に話もしなかったらしいし」
「そうなんですね……」
「オルオとペトラは訓練兵のときを含めてもう七年の付き合いだよ。仲も良くなるだろうね」
「七年か……凄いな、調査兵団になってから四年も生き残るなんて。さすがは精鋭ですね」
「あの、怒らせると怖いって……ハンジさんは見たことがあるんですか?」
「見たもなにも、私が彼を怒らせたんだよ」
そう言うと三人が驚いた顔で自分を見た
まあ無理もないかと思い、その時の事を思い返す
あれは一年ほど前のことだっただろうか
オルオがリヴァイ班に入って間もない頃、そしてがただの一兵士だったとき――
◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆
「巨人の捕獲?」
「ああ、無理だろって言ったら首絞められた」
そう言い、オルオが首を摩っている
はそんな彼を見て離れた場所でエルヴィンと話をしているハンジに目を向けた
様子からして団長が相手にしていないのが救いか
前に捕獲に成功したのは十年以上前だと聞いている
討伐するのが精一杯の状況だというのに何人もの兵士を危険に晒してまで捕獲をしたいとは
今回はここへ辿り着く時点でもう十名以上の兵士を失っているというのに
必要な事だとは思うが、今は捕獲している場合ではないだろうと思っていると手に持っていた水筒をオルオに取られた
中に入っている水を飲み干すと深く息をはく
「はぁ……、ガスの補充は終わったんだよな?」
「あぁ。刃も替えた」
「そうか。壁外だと何が起こるか――」
と、言葉の途中で信煙弾が打ち上げられた
位置からして、先ほどミケ分隊長が立っていた場所から
匂いで巨人が来たのが分かったのだろう
オルオが蓋を閉めようとしていた水筒を放り出してリヴァイの方へと走って行った
自分は班員ではないからエルヴィン団長の方へ
一人で飛び出したハンジをどうにかするように言われ、馬に飛び乗るとその腹を蹴った
駆けさせながら耳に意識を集中してその位置を特定する
空気中に重く低く響く、人とは違う足音
それを聞き分けると右斜め前方で騎乗する男へと声を掛けた
「兵長、向こうに二体」
巨人がいる方向を示すと彼が小さく頷いてその方向へ班員と共に分れ道を行く
その後ろ姿を見送り、自分は別の方向へ
音を頼りに進み木々の隙間に見えた巨人へ斜め後ろから飛び掛かり、項を削いだ
中型の巨人ではあったが支点の多い森の中
易々と討伐するとワイヤーでつり下がり、木の幹に靴底を触れながら音を聞いた
「……残りは一体か。分隊長は何をやってるんだ」
方向を見極めて馬の背に戻り、手綱を握る
向かう先からはハンジの声が聞こえるが、討伐せずに何をしているのか
まだ捕獲を諦めていないらしい――と思ったところで立体機動装置の音が聞こえた
(っ、オルオか――)
「
「オルオ、待て!」
「はい?」
そんな会話と、それから――オルオの悲鳴が――
立体機動装置で森から飛び出し、見えた光景には瞬時に刃を構えた
オルオを掴み、頭を喰おうとしている巨人の腕を切り落とすと別方向から飛んできたリヴァイが項を削ぐ
その姿を視界の端に見ながら体を回転させて地面に着地した
「無事か」
兵長がオルオにそう声を掛けるのを聞きながらグリップを握り直す
体をハンジの方に向け、腕を振り上げ――刃を交換する際に使う部分に指を掛けて
振り下ろすのと同時に指を引いて刃を飛ばした
狙いは違わず、ハンジの前髪を揺らす距離で飛びその向こうにある木に突き刺さる
「っ……、……?」
驚いたようにこちらを見るハンジに構わず、続いて左腕を上げて同じように刃を飛ばした
両腕を交差させ、新たな刃を引き抜いてまた右腕を振り上げて
三本目がハンジの外套の端を切り裂いたところで左の手首を掴まれ、同時に横からぎゅうっと抱きしめるように腕を回された
「、その辺で止めておけ」
「駄目よ、。落ち着いて……お願い」
「……」
「相手は分隊長だ。懲罰会議に掛けられるぞ」
「……罰は受ける」
ハンジを見たままリヴァイにそう答えると、彼の手の力が緩むのを待ってから抱き着いてきたペトラの背を軽く叩く
彼女の腕が離れるのを見て左の刃を戻しながら歩き出した
ハンジの前を通り飛ばした刃の元へと向かうとそれらを引き抜いて立体機動装置に戻す
三本を回収するとこちらの動きを目で追う視線を受けながらオルオの元へ向かった
「間に合って良かった」
「お前、やりすぎだって……」
「助けられる部下を見捨てる上官はクズだ」
そう言い、オルオの顔を濡らす涙を見てポケットから出したハンカチを渡してやる
それでぐしぐしと顔を拭う彼を見て――それから肩越しにハンジを見て
その時の分隊長の表情は恐怖の為か青ざめていた
部下を危険に晒した事を少しでも後悔してくれたらいい
捕獲ならば、自分の力量の範囲で
それで命を落としても自己責任だろう
はそう思いながら座り込んでいるオルオへと手を差し出した
◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆
「――って感じのことがあってね」
「それは……」
「ハンジさんが悪いと思います」
「そうですよ。巨人との意思疎通なんて……それで目の前でオルオさんが死に掛けているんですよ。さんだって怒ります」
「まあ、そうなんだけど。……おかげで未だにには嫌われてるんだよね」
ぽりぽりと頬を掻きながらそう言い、苦笑いを浮かべる
確かに自分はオルオを危険に晒した
彼が確実に項を削ごうとした動きを寸前で止めさせたのだから
おかげで彼の友人であるを怒らせるし、当然報告を受けたエルヴィンにも呆れられてしまって――
「さんはどんな罰を受けたんですか?」
「え?」
「懲罰会議があったんじゃないんですか?」
「ああ……あったよ。でもお咎めなし。リヴァイが無理もないって証言したし……私もね。そうされるだけの事をしたから。形だけの懲罰会議だったよ」
「そうだったんですか」
「でも、自主的に謹慎はしてたかな。まあ私の顔を見たくなかったんだろうけど」
「確かに、少し会いにくいような……」
ミカサの言葉に頷いて両手をテーブルに触れる
ひんやりとしたその表面を指先で撫でると目を細めて口を開いた
「は美人で、友達には優しくて、怒らせると怖くて、臆病って事だね」
「臆病、ですか。それは人に対して……?」
「そうだよ。彼の周りには沢山の人がいるけど、心を開かないんだ。エルヴィンとあんな関係になっても名前で呼ばないくらいにね……お別れするときに、辛くなるから、だと思うよ」
「……」
「おい、104期」
三人が口を閉じたところで部屋の戸口から掛けられた声
顔を向けると、そこには今話題にしていた若き分隊長の姿があった
こちらを見て片手を腰に置くとため息交じりに口を開く
「そいつに関わると早死にするぞ」
「え?」
「巨人の事しか考えねえ変人だ。捕獲に協力させられる前に離れろ」
「っ……は、はい!」
彼の言葉にエレンたちがガタガタと椅子を揺らして立ち上がった
小走りに彼の側に行くと会釈をして作戦会議室を出て行く
彼らを見送ったがドアノブに手を触れてテーブルに残るこちらに顔を向けた
相変わらず、見入ってしまうくらいに綺麗な顔をしている
ハンジはそう思いながら両手を軽く上げて彼に声を掛けた
「私は、まだ君に嫌われてるのかなぁ」
「……嫌いじゃねぇよ、苦手なだけだ」
「苦手?」
「巨人相手に頬を赤くする変人は苦手だ。だが、目の前で喰われそうになったとき、手が空いていたら助けてやる」
「その時は頼むよ。……同じ分隊長としてよろしく」
「……じゃあなクソメガネ」
リヴァイと同じく口の悪い後輩の分隊長
彼の落ち着いた綺麗な声を聞いてハンジは頷いた
が扉を閉め、足音が遠ざかるのを待ってから小さく笑う
つれない返事を返されたが前よりは嫌われていないのが分かった
あの一件以来、彼の自分を見る目には明確な殺意があったのだから
それを今は感じないということは嫌いから苦手へと気持ちが変わったのだろう
理由を言われれば苦手だと言われるのも仕方がない
だが同じ兵科の先輩、くらいの立ち位置にはなれたのかも知れない
ハンジはそう思いながら側にある窓から空を見上げて目を細めた
2022.03.16 up