10.14

「今日は団長のお誕生日なのよ」

ペトラの言葉にリヴァイ班の面々が頷いた
なにかお祝いをと言われても何も思いつかないが
大体、贈って喜ぶ物なんて見当もつかない
普段から何を考えているのか分からないというのに
だが彼女には考えがあるようでにこにこと笑っていた

「それで、贈るプレゼントなんだけど」
「なにか良い物を思いついたのか」
「勿論!物じゃないんだけど……」
「?、物じゃないなら何をプレゼントするんだ?」
よ!」
「「「はぁ?」」」

男三人で思わずそんな声を上げるとペトラがふふんと胸を張る

「団長がこの世で一番愛するをプレゼントするわ!」
「ペトラ、言ってる意味が分からねぇ……」
にリボンを巻いて、ベッドに置いておけば良いじゃない」
「はは……そりゃあ喜ぶな……は絶対に嫌がるだろうが」
「大人しく従うと思うか?」
「あの性格だからなぁ……」

容姿端麗で、戦闘能力が高く、無関心なようで、そうではなくて
口が悪く、言い方はキツいが優しくて、実は臆病で
団長の公開告白を諦めて受け入れた彼だが、態度は相変わらず
目上に対する口調のまま、笑いかけることもなく、淡々としていた
そんな彼にリボンを巻くだなんて
いくら友人とはいえ――と思っているとペトラが腕を組んで眉を寄せた

「そうなのよ。方法を考えていて……」
「あいつ、強いから力じゃ勝てねえぞ」
「うぅん……でも、大勢で掛かれば……」
「おい、乱闘騒ぎなんて起こしたら懲罰ものだぞ」
「ぐぬぬ……、手強いわね……」
「諦めろ、ペトラ。に無理言うなよ」
「でもぉ、年に一度しかない誕生日なのに……」

その言葉に思わず口を閉じる
壁外に任務に出るたびに死と隣り合わせになりいつ命を落とすか分からない兵士
無論も例外ではなく、現に彼は一度死にかけていた
あの時は命令に反し、自分が助けに入って生き延びる事が出来たが――
そう考えると無事に誕生日を迎えられる今日、なんとか祝ってあげたいものだった
それが、親友に負担をかけるとは分かっているが

「……よし、人数を集めよう。訓練と言う名目でなら大勢で争っても誤魔化せる」
「エルド、やる気か?」
「来年も生きているか分からない。今年こそ祝うべきだ」
「っ、ええ。さあ、頑張りましょう!これをの首に巻くのよ!」

そう言い、ペトラが準備していたらしい真っ赤なリボンをポケットから取り出した
日に焼けない白い肌を保つに巻いたら似合いそうな色
――なんて思いながらオルオは溜息をつくと机に手をついて腰を上げた




昼が過ぎ、夕刻が迫る訓練場では集まった人々を前に首を傾げる
リヴァイ班の四人はともかく、後ろに控える104期の面々はなんだろうか
久々に対人訓練をと言われて来たのだが、なんだか嫌な予感がする

「……オルオ」
「……おう」
「何がしたいんだ」
「た、対人訓練……しようかなって」
「目を見て言え」
「はぁ……ペトラ、に嘘はつけねぇよ」
「もうっ、仕方ないわね。あのね、今日は団長のお誕生日なのよ」
「ん?……ああ、今日は十四日か」

日付の感覚がずれていて――というか体感ではまだ九月だと思っていたのに十月十四日だったのか
その日が誕生日だとは知っていたが今日だったとは
何か祝ってやりたいが酒でも飲ませておこうか
だがこうして呼び出されたということは、彼女たちも何かを考えているということだろう
話だけでも聞いておこうと思い、は話の続きを促した

「で、エルヴィンが歳を取るのになんで俺が呼び出されるんだ」
「そう、団長の四十路のお祝いとして――」
「まだ四十路じゃねえよ。怒られるぞ」
「あら?そうだったの。年齢不詳だから分からないのよ」
「まだ三十代だ、訂正しろ。それに年齢不詳は兵長も同じだ」
「こほんっ。輝かしい四十路へのカウントダウンとして――」
「輝かしくはねぇだろ。爺になって眉間の皺が増えておまけに棺桶に近付いただけだ、嘆かわしいな」
「もう!、話をちゃんと聞いて!」
「聞いてるだろうが。突っ込みを入れてるだけだ」

自分と彼女のやりとりに、オルオたちの後ろで104期生が噴き出すように笑っている
そんなにおかしい話をしているだろうか
そう思っているとペトラが左手を腰に当て、右手の人差し指でびしりとこちらを指さした

「とにかく、誕生日のお祝いとしてあなたをプレゼントするのよ!」
「……ペトラ……常識人だと思っていたがいつの間に変人になったんだ。悪いこと言わねぇからそろそろ退団しろ」
「しないわよ!調査兵団に居座ってやるんだから!あなたとオルオが巨人に喰われて死ぬまでずーっと見ててあげるわよ!」
「最後を見送ってくれるのは嬉しいが……で、なんでそんな話になったんだ」
「だぁって団長が好きな物ってあなたしか思い浮かばないもの」
「俺は物じゃねぇんだが」
「その首にこの赤いリボンを巻いて団長の部屋にいなさい。きっと喜ぶわ!」
「……、……ペトラ、今すぐ退団しろ。俺が退団届けに承諾のサインしてやるから」
「しないってば!」

本心から言っているようだが馬鹿だとしか思えない
が、あのエルヴィンを喜ばせるプレゼントを考えるのは難しいだろう
ペトラなりに必死に考えて、その答えが迷惑な事に自分だっただけで――
はそう思い、後頭部を摩ると104期生へ目を向けた

「で、そいつらは?」
「応援要員よ。あなた、馬鹿みたいに強いから。と戦いたい人って声を掛けたら皆来てくれたの」
「……分かった。負けたら言う通りにしてやる」
「っ!やった、皆頑張ってね!」
「おい、お前は不参加かよ」
「やぁね、オルオ。ちゃんとやるわよ。が疲れた頃にね」

そう言い、彼女が男を前へと押し出して自分は104期の女たちと後ろに下がる
自分の周りにリヴァイ班と104期の男たちが取り囲むように円になって――

「一対多数かよ」
「当たり前でしょ。あなたの成績、私とオルオが知らない訳ないじゃない」
「そんなに良くは――」
「忘れないわよ。同期を皆撃沈して、最後にキース教官まで投げて大目玉食らってたじゃない」
「……あったな、そんなことも」

言いながら腰を少し落とし、周囲に視線を走らせる
警戒すべきは大柄のこの男か
確か、ライナーとかいう名前の
そして、ペトラと共に控える黒髪と金髪の女
他はまあまあかと思いながら早速殴りかかってきたエレンをさっと躱す
動いてみると円を組んでくれたのが意外と良かったようだ
常に視線を動かさなければならないが、相手の目で後ろの奴の動きもよく分かる
互いにぶつからないように配慮しているから――
そう思い、後ろから殴りかかる腕を身を低くして避け、手首を掴んで前へと投げた
足を払って転ばせて、前から来た奴を後ろに投げて
体力のない者から撃沈していくと上に気配を感じて組んだ腕で蹴りを受け止めた
ちらりと黒髪が見え、足首を掴んで後ろへ投げる
続いて背後から胴を抱えられ、投げられそうになるが体勢を整えて足で着地し、逆に投げて
乱戦になる中、オルオが早々に座り込み傍観を決め込んでいた
対人戦はそこそこの成績だったのに、こちらに配慮してくれたのだろう
そう思いながら果敢に挑んでくる黒髪の――ミカサを躱して背を押すとエレンへと突っ込ませた
二人が互いに謝っている声を聞きながら金髪の女――アニの腕を掴んで投げて
さすがに息が上がってくるが、若い104期は何度も立ち向かってきた
様々な声が訓練場に響くが徐々にそれも静まってきて
最後に残ったペトラが地面に座り込み、は膝に手をついて荒い呼吸を繰り返した
周囲には倒れていたり座り込んでいる男女が散乱している

「はぁ、はぁ……きっつい……」
「ぜぇ、ぜぇ、もうっ、、強すぎ……」
「はは……面白かった……」

呼吸を整えて、それから腰に手を当てて上体を起こして
周囲を見回すとエルドを介抱しているオルオがこちらに顔を向けた

「お前の勝ちだな」
「あぁ……」

勝ったことは勝ったが、ペトラの気持ちを考えると複雑だった
男はともかく、女に怪我はさせないようにしたが、それでも必死に考えたのが駄目になるというのは悲しいだろう
新兵まで巻き込んだのだから、ここは折れてやろうか
片手で数えられるくらいにしかいない友人の気持ちを考えて、はペトラの前に膝をついた

「ペトラ」
「ふぅ、ふぅ……なぁに?」

まだ肩で息をしている彼女に右手を差し出す
首を傾げるのを見ては視線を落として口を開いた

「リボン」
「え?」
「頑張ったな。やってやる」
「!?……良いの?」
「今日一日だけだ。耐えてやるよ」
「っ……ありがとう、!」

ぱぁっと愛らしく笑った彼女がポケットに手を入れてリボンを取り出す
それをこちらの手に置くのを見て指を折り曲げた
ゆっくりと立ち上がるとこちらを見ている周囲の新兵の顔を見回す

「お前たち、よくやった。俺を相手に、ここまで疲れさせるとはな」
「一撃も、入れられませんでした……」
「悔しかったら訓練しろ。対人だって役に立つぞ」

そう言い、ペトラの側を離れてオルオへと歩み寄った
エルドの手当てを終え、グンタの鼻血を止めているのを見ながら声を掛ける

「お前、手抜きしたな」
「お前に勝てる訳ねぇから」
「脇腹に一発入れただけで引いただろ」
「俺は痛いのは嫌いなんだよ」
「兵長に怒られるぞ。……直々に対人訓練をしてもらえるように言っておこう」
「やめろ、殺される」
「殺しはしねぇよ。……半殺しくらいで止めてくれるさ」
「やめろって!」
「きっと介抱してくれるぞ。優しく……ケツは犠牲になるが」
「!?……ガキの前でなんの話をしてるんだよ!」
「お前らだって俺をエルヴィンの犠牲にしようとしてるじゃねぇか。はぁ……ねちっこいんだよな……」
「さりげなく団長の性癖ばらすなよ……聞きたくなかったぜ」
「想像して眠れなくなっておけ。……じゃ、俺は行くぞ。お前たち、ちゃんと手当しろよ」

そう言い、力のない返事を背に聞きながら訓練施設を後にした
足元に伸びる影を見て、エルヴィンの仕事がそろそろ終わる頃だろうと見当をつける
ならば自分は風呂に入ってから寝衣を着て、このリボンを首に巻いて彼の部屋に居れば良いのか
いや、その前に酒を調達しておくか
その後の自分の姿を想像すると馬鹿馬鹿しいし、恥ずかしいが――
まあこれでも一応は恋人と言う立場だからやってやろうではないか
はそう思いながらポケットにリボンを入れて暮れていく空へと目を向けた

2022.10.14 up