01

訓練兵にとって、休日は休む日ではない
自主訓練として普段通りに制服を纏い、立体機動装置を腰に下げて訓練場へ
勿論、体調不良で休む者もいるが空いた時間があれば皆がその場所へと足を向けていた
目的はそれぞれ違うだろう
友人が行くから、もっと体を鍛えたいから、成績を上げて上位十名に入り憲兵団に行きたいから
そんな様々な思いを抱き、日々を過ごす104期生
今日、自分は午前中に座学を復習し、午後からは立体機動の訓練をしようとしていた
二階の廊下の窓辺に立ち、外の様子を眺めての食休み
そろそろ行こうかとはゆっくりと窓枠に寄り掛かっていた体を離した
食事の時はさすがに立体機動装置は外して部屋に置いてある
それを装着して自主訓練へ――と思ったところでドン、と正面から衝撃を受けて後ろへとよろめいた

「あっ、――」

今のはミカサの声だろうか
目の前にいたのはその背丈からジャンだったような気がする
また彼とエレンが言い争いをしていたのだろうか
それで、口だけに留まらずにお互いに手が出て
押されたジャンが自分にぶつかって、それで私は――
ちょうど片足を浮かせていたせいでバランスを損ない、運悪く腰よりも少し低い位置にある窓枠を乗り越えて地面へと
咄嗟に両手で後頭部を守るような姿勢になり、背を丸める
次に襲い来る衝撃に備えて――と思った時には体を抱き止められていた

「っ……」

二階からとはいえ、落下した人間を易々と抱き止めた男性
金色の髪で薄い青い色の瞳を持つその人は、自分を見下ろすと一度目を瞬いてから口を開いた

「大丈夫か?」
「は、はい、団長……」

胸元に光る証とその胸にある自由の翼
姿を目にしたことはなかったが、彼が調査兵団の団長なのだと分かった
背に回された腕と太ももを抱く腕が力強くてドキドキしてしまう
そんな自分を見た彼がゆっくりと身を屈めてこちらの体を腕から下ろしてくれた
ブーツの靴底が地面に触れて、何故か固いはずのそれがふわふわしているような錯覚を起こす
それでも、お礼を言わなければと思いは彼を見上げてからぺこりと頭を下げた

「ありがとうございました」
「いや。怪我がないのなら良かった」

そう言い、こちらの肩にぽん、と手を触れて立ち去っていく
その後ろ姿を見送っていると背後で騒がしい扉の開閉音が聞こえた
振り返るとミカサを先頭にエレンとジャンが自分へと駆け寄ってくる


「大丈夫か?怪我してないか?」
「後ろにいるのに気付かなかった」

口々にそういう彼らには首を振った
怪我がないことを軽く両手を上げて示し、笑みを浮かべる

「平気。受け止めてもらったから」
「誰に?」
「調査兵団の団長、だと思う。首から証を下げていたし、ジャケットの紋章が自由の翼だったから」
「え、団長?……そうか。不味いな、喧嘩したのバレたかも……」
「む……確かに」

エレンとジャンがそう言い、お互いを見て無言になった
そんな二人を見てミカサが自分の隣に立つ

「先にに謝って。受け止めてくれた人がいたから良かったけど、大怪我をするところだった」
「あ……そうだった。ごめん、
「悪かった、怪我がなくて良かった」
「うん。今度から喧嘩する時は周りを見てね」
。喧嘩は良くない」
「あ、そっか」

そんな話をしながら四人で兵舎へと戻った
立体機動装置を身に着けて早く訓練場へ行かなければ
はそう思いながら二階への階段へと足を掛けた


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生まれ育ったシガンシナ区を巨人に奪われて、十二歳から訓練兵になってそろそろ三年
入団した時よりも体力も付き、体術もそこそこ上達したように思う
それでもやはり、訓練中に怪我をすることはあるけれど
自分は立体機動装置での移動は結構上手いほうらしく、付いていけないとよく言われていた
得意ではあるが追いつけないほどではと思いながら今日も訓練施設を飛び回る
巨人の模型を一つ壊し、二つ壊し
木の影に隠れる小型の模型を視界の端に捕らえ、そちらへ向かおうとしたところで前も見ずに突っ込んでくる二人とぶつかってしまった

「きゃっ――」
「うわっ!」
「痛っ!」

強く掛かる負荷にアンカーが外れて地面へと落下する
どう体勢が変わったのか、自分の上に二人の男が乗り掛かるような形になり体中に痛みが走った

「う、うぅ……っ!」
「ごめん、
「悪い……どっか痛めたよな?」

そう声を掛けてきた人たちが誰なのか、顔を見なくても分かった
一日に二度も彼らの喧嘩に巻き込まれるとは
心配するエレンとジャンに手を引かれてゆっくりと立ち上がる
あちこち痛むけれど、動けないほどでは――と思ったところで足首に痛みが走った

「っ……ありがとう、二人とも。私、ちょっと休憩してから戻るね」
「大丈夫か?」
「痛くて動けないんじゃ……」
「ううん、ちょっと腕が疲れたの。ずっと飛び回っていたから……それよりも、立体機動中によそ見しないで。ミカサには黙っておくけど、危ないよ」
「「本当にごめん」」

深く、深く頭を下げる男子二人
は彼らの肩をぽん、と叩くと背後の木の幹に寄り掛かるようにして腰を下ろした
心配する二人に手を振って立体機動装置のグリップを脇に戻す
エレンとジャンがこちらを気にしながらも別々の方向へ飛び去るのを見送ると痛めた左の足首を動かした

「いたた……」

酷く痛むが骨が折れているだろうか
あまり動かさないでおこうとゆっくりと膝を伸ばして広々と枝を広げる木を見上げた
訓練兵に何度もアンカーを刺されながら生きている大木
なんて強い生命力だろうか
葉擦れの音を聞きながらそんなことを考え、目を閉じる
少し、三十分くらい休んでから戻ろうか
その頃には痛みも少しは引いているだろう
時間は掛かるだろうが夕食前には兵舎に戻れるだろうか
そんなことを考え、自然の音に耳を傾けた
遠くから聞こえる風の音が迫り、頭上の枝を揺らして通り過ぎる
アンカーを射出する音が聞こえて、それからワイヤーが巻き戻って
すぐそばに人が下りるのが分かり瞼を持ち上げた
目に入ったブーツを履いた脚を辿るように視線を上げる
見えたのは金髪の偉丈夫
見間違えようもない団長の姿には反射的に立ち上がろうとした
でも、左の足首が痛んで酷く不格好になってしまう
両手で背後の木の幹に触れながら、それでもなんとか立ち上がると彼が僅かに目を細めた

「どこを痛めた」
「……左の、足首を……」

どうやら団長にはお見通しらしい
いや、こんなにもふらふらしながら立ち上がれば一目で分かるか
ここで誤魔化しても無駄だと思いは素直に痛めた場所を口にした
するとエルヴィンがこちらに近付き、地面に片膝をついて左足に触れる
右手を足首に、左手で靴底を掴むとゆっくりと動かされた

「っ……!」
「折れてはいないな。だが、これでは移動は出来ないだろう」
「少し休んでから、ゆっくり戻ろうかと……」

でも遅くなったら友人たちが捜しに来るか
大事になるのは嫌だなと思っているとエルヴィンが一度立ち上がってからこちらに背を向けた
そのまま再びしゃがみ込むと肩越しにこちらを見る

「背中へ」
「え」
「背負って行こう」
「!?……だ、団長にそのようなことは……」

させられないでしょうと思っていると彼が首を振った

「部下となる訓練兵を放っておくわけにはいかない」
「……はい。失礼します」

団長を見下ろしながら会話するのもどうなのかと思い、背負われることを了承する
左脚を庇いながら前に出て、彼の肩に手を触れて足を踏み出して
すると団長が立体機動装置のグリップを握り、こちらの脚を腕で抱えて立ち上がった

「っ……」

ぐんと高くなる視界に驚き、思わず肩に触れる手に力が入ってしまう
衣類越しにそれが伝わったらしく彼がこちらに目を向けた

「どうした」
「あ……すみません、吃驚して。団長は背が高いですね」
「そうか。ミケほどではないが……」

ミケ、というのは確か分隊長の名前だった筈
聞いた話では初対面の人の匂いを嗅いでは鼻で笑うという癖があるらしい
会ったことはないけれど、自分も対面したら匂いを嗅がれるのだろうか
癖とはいえちょっと嫌だなと思っているとエルヴィンがゆっくりと足を踏み出した

「行くぞ」
「はい」

そう言葉を返すとアンカーが撃たれ、団長の足が地面から離れる
今まで、自分でしか飛んだことがないが背負われるとやはり色々と違うのが分かった
体勢を崩さないように、しっかりと掴まっていなければならないし次にどこに動くのかを予測して体重移動も行わなければならない
いや、それよりも――
エルヴィンから感じるのは整髪料の香りだろうか
大人っぽいその匂いになんだか恥ずかしさを感じた
いや、それ以前に背負われているというのがこの上なく恥ずかしいのだけど
そう思っている間にも滞りなく移動した団長が訓練施設の出入り口へと辿り着く
休日だというのにその場にいたキース教官が驚いた顔でこちらを見た
ああ、恥ずかしい
それに酷く叱責を受けてしまう――と思ったところでエルヴィンが口を開く

「キース教官、怪我人だ。このまま診療所まで送る」
「はっ……」

短く言葉を返したまま固まる教官の前を通り過ぎ、訓練施設を後にする団長
どうやら今日はキースの叱責を免れることが出来たようだ
明日の訓練では何を言われるか分からないけれど
はそう思い、団長の広い背中に揺られながら何故か熱くなった頬に手を触れた

2022.02.12 up