12.25

ひゅるるっと冷たい風が吹き抜けて思わず首を竦める
はあと吐息を漏らすと白く濁るそれはすぐに色を失い宙に溶けるように消えて行った
訓練兵という立場の自分が精鋭部隊であるリヴァイの班に入って数ヵ月
掃除のやり方から学び、紅茶を淹れたり内務の補佐をしたり
他にも先輩と共に訓練したり、自主訓練などで毎日が忙しかった
あっという間に過ぎる日々であったが、気付けばもう十二月
風が冷たくなり、降るものが雨から雪へと変わる季節だった
両腕に抱える薪を持ち直し、視線を下へと落す
ここ最近、ずっと悩んでいる事があった
もう来週に迫ってしまったリヴァイの誕生日
なにかプレゼントをと考えているのだが何も良いものが思い浮かばない
彼が好きな物は紅茶だと知っているが、それは出会って間もない頃に傷の手当のお礼として贈ったことがあった
だから他の物をと考えているのだけど――
先輩たちはどうするのかなと思って様子を伺っているが、自分たちが真面目に訓練や仕事をするのがなによりも良いプレゼントだと話している
確かに、兵長ならばそう言うだろうけれど――
部下であり、恋人という立場でもある自分は訓練は勿論するが、やはりプレゼントを贈りたかった
色々と考えて、でも何も思いつかなくて
隣で眠るリヴァイの寝息を聞きながら考えては寝落ちして、訓練や任務に内務で町へ行く暇もない
というか、常に自分の側には彼がいるからこっそり品定めに行く事すら出来なかった
掃除道具の買い出しにすら何故かリヴァイがついて来てしまうのだから
これでは何も用意できないではないか
溜息を漏らしながら薪を所定の場所に積み上げて手を払い、次いで制服に付いた木くずを払い落とした

「はぁ……どうしよう」

困ったと思いながら少し疲れた腕を摩る
そのまま、ぼんやりと立ち尽くしていると不意に背後から声を掛けられた

?どうした」
「っ……エルドさん」
「もう全部運び終わっただろう?足りなかったか?」
「いえ、ちょっと考え事をしていて」
「考え事?……あぁ、兵長ならなんでも喜ぶと思うぞ」
「でも……何か、欲しい物があるんじゃないかと思って」
「訓練兵に金を使わせるような人じゃないだろう」
「それは、そうですけど」
「兵長なら欲しい物は自分で買うんじゃないか?高給取りだからな」
「うっ」

地位が高くなれば報酬も増える
それは当然の事で、訓練兵である自分と兵士長であるリヴァイには絶大な財力の差があった
だから、自分のお金で買える物なんて、彼にとっては安物であり――以前、お礼にと持ってきた紅茶だって安物の部類だろう
その事実に気付いて項垂れると、ぽんぽんと宥めるようにエルドの手が頭に触れた

「そう思い悩むな」
「はぁ……」
「恋人として初めての誕生日をどうにかしたい、というのは分かるが」
「うぅっ、そうなんですよ。だから、ずっと……もう一か月前から悩んでいて……」
「あまり考えすぎるのも駄目だぞ。さぁ、そろそろ昼食だ。戻るぞ」
「はい……」

確かに、彼の言う通りかもしれない
訓練や内務以外の時間はずっとプレゼントの事ばかり考え続けていた
悩み過ぎて逆に良い物が思いつかないのかも知れない
ウィンクルムが焼くパンと、温かなスープでお腹を満たせば気分も紛れるだろうか
彼女の時間が空いていたら少し相談に乗ってもらおう
はそう思いながらエルドに促されて自分たちの兵舎である旧本部へと足を踏み入れた




美味しい食事を食べ終えて、食後の後片付けを手伝う
皿を洗いながら夕食の献立を考える先輩――ウィンクルムの方へと顔を向けた
野菜があまり好きではないリヴァイの事を考えているのか、葉物野菜を手に考えている様子の彼女
今は声を掛けられないかと思ったところでウィンクルムがこちらを振り返った
視線が合うと彼女がぱち、と目を瞬いてから笑みを浮かべる

「どうしたの?」
「あ、あの……ウィンクルムさんは……」
「ん?」
「誕生日って、どうしましたか?オルオさんの……」
「誕生日?……その日は一日、側に居て欲しいって言われて。その通りにしたの」
「わぁ、良いなぁ」
「ふふっ、町に行って散策をして、ご飯を食べて。同期に見つかって冷やかされたりしたけどね。夜も……あっ、その、側に、いた、よ?」

言葉の途中で彼女が挙動不審になり、頬がうっすらと赤くなった
恋人関係なのだから、側に居ただけという訳ではないのだろう
きっと、夜は――と思ったところでふいとウィンクルムが顔を背けた

「ま、まぁ、そんな感じ、かな。私、保存庫を見て来るね」

言いながら、逃げるようにして傍らに置かれていた燭台を手に隣室へと行ってしまう彼女
扉の開閉音を聞きながらは先ほどからニマニマと笑ってしまっている口元を今更ながら手で覆った
傍から見ても仲の良い二人の先輩
恋人関係だと一目で分かるというのにその事を話すのは恥ずかしいようだ
いや、聞いている自分も恥ずかしいけれど

「……一日、一緒にかぁ……」

二人はいつも一緒にいるように見えるけれど誕生日となると別だったのだろうか
きっと楽しい一日を過ごしたのだろう
でもリヴァイはそんなのを望むかと考えると――

「はぁ、自主訓練で討伐の技術を上げたほうが喜ばれそう……」

技術の向上はいつだって望まれているから、それに応えるように日々鍛錬している
リヴァイと同じように、とは出来なくても先輩たちに近付けるように鍛えなければ
補佐がなくても、一人で巨人を討伐出来るように

「奇行種とか、大型とか……一人で討伐したら、リヴァイは――」

喜んでくれるだろうか
それとも、無謀な事をするなと怒るだろうか
彼はどちらも一人で討伐しているのに
でもリヴァイは自分が一人で行動しては怒るような気がする

「う~ん……補佐の上達を目指した方が良いのかも……?」

討伐の技術ならばオルオ、補佐の技術ならばペトラ
どちらも頼めば快く指導してくれるだろう
両方得意なウィンクルムもいるし
頼れる先輩がいて自分は幸せだと思いながら取り敢えずは後片付けだと思い、スポンジを握り直した


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


105期生の中で、討伐任務に出ているのは自分だけ
まだ訓練兵という立場だというのにリヴァイ班に編入した自分は実戦にも参加していた
今回で三回目なのだが巨人の姿は何度見ても気持ちが悪い
胴の長さとか、体の割に細い手足とか、明らかに多いだろうという歯の数とか
あと、なんで高確率で笑顔なのかとか
そんな事を考えながら倒れていく巨人を見つめた
舞い上がる多量の土埃と轟音を立てて崩れる廃屋
グリップを握った右手で口元を隠しながら小さく咳き込んだところで隣にリヴァイが下りてきた


「はい、兵長」

普段は彼の事を名で呼んでいるが、任務中は「兵長」と呼んでいる
当の本人はそれが不満らしいけれど
今もこちらの言葉に僅かに眉を寄せながらリヴァイが刃をホルダーへと納めた

「上達したな」
「ありがとうございます。先輩たちに指導してもらいました」
「そうか。だが一人で動くな。孤立する」
「はい。少し……前に出過ぎました」

周囲を見回すと、他の兵士の姿はだいぶ離れたところにある
信煙弾が立ち上る場所があるが、あの色は拠点の設置が完了した事を知らせるものだった
旧市街地とはいえ壁からは結構な距離があるから拠点の設置が優先されている
あの場所を巨人から守らなければ――と思ったところでリヴァイがこちらに体を向けた


「っ、はい?」
「今日は二十五日だな」
「え、えぇ、そうですね」
「……」
「あ、あの……プレゼントを、考えていたんですけど、用意が出来ていなくて。今日中には無理ですが――」
「今貰おう」
「え?」

用意は出来ていないと言ったのに
それに壁外で、任務中の自分が持っているのは立体機動装置くらいで――
もしかしたら刃の替えが欲しいのかと彼の腰に下がる装置を見るが、使い捨てにされるそれはきちんと収まっていた
困惑しているとリヴァイが傾いた屋根の上を一歩こちらへと近付く
コツ、と足音が聞こえて視線を上げた
すると思いのほか近くに彼の顔が見えてびくりと肩が跳ねてしまう

「っ……?」
「お前から」
「私、から?」
「してみろ」

一瞬何をと思ったが、すぐに理解すると思わず周囲を見回した
巨人の姿は見えるが攻撃範囲からは外れている
奇行種がこちらへ駆けて来る様子もなかった
他の兵士も自分たちの側には居らず――
大丈夫かと顔の向きを戻せば視線が合ったリヴァイがゆっくりと目を閉じる
こんな場所で、任務中にやる事ではないけれど
でも「後で」と逃げる訳にもいかず、は刃を腰のホルダーへと差し込んだ
リヴァイの方へと向き直り、彼の肩にそっと手を触れる
右足を半歩前へと踏み出して、顔を寄せながら目を閉じた
互いの息遣いを間近に感じながらそっと唇を触れ合わせる
本当に、掠める程度に、だけれど
さっと離れるとリヴァイが目を開き、ぱち、と一度瞬いてから明らかに不満そうな表情を浮かべた

「掠っただけだ」
「っ、あ、あのっ、任務中ですっ」
「チッ……深いのをしたかったが――」

と、そこまで口にしたところで自分たちの両脇を二人の兵士が駆け抜けて行く
はっとしてその後ろ姿を見て――オルオとウィンクルムだと分かった

「お邪魔しました!」
「失礼します!」

そんな事を言いながらアンカーを射出し、屋根から飛び上がる二人の前には巨人が二体
一人が一体ずつ討伐するとそのまま先へと行ってしまった
先程周囲を確認した時には遠くに見えていた巨人が何時の間にやら近くに来ていたらしい
二人が来てくれて良かったが、でもキスをしているのを見られたのでは
そう思うととてつもなく恥ずかしくて――

「へ、兵長、人目があるところとか、任務中は控えましょうっ」
「気になるか」
「……き、気にしますし、任務中は危ないですよ……」

人類最強の男性が討伐せずに恋人とイチャついていては他の兵士に負担が掛かり過ぎるだろうに
それに、団長から叱責されそうで――と思っているとリヴァイがふうと溜息を漏らした

「さっさと駆逐するぞ。続きは帰ってからだ」
「え、続きって――」
「明日は休みだ。楽しめるな」

優しい、とても優しい声と微笑み
普段の彼からは想像も出来ないその声色と表情にぽっと頬の辺りが熱くなった
でも言葉の意味を察すると今度は血の気が引いてしまう
今日は、年に一度しかない誕生日
恋人としてプレゼントを贈りたい、とは思っていたがこんな事になるなんて

「兵長、あの――」
「来るぞ。補佐しろ」
「は、はいっ」

彼の言葉に慌てて刃を引き抜いた
今は任務の遂行を優先しなければならないのだから
はそう思い、先に飛んだリヴァイの後を追って屋根から飛び降りた

2022.12.25 up