01.06

「何か欲しい物はないですか?」

後輩であり、恋人でもある少女からそんな言葉をかけられて、オルオは見ていた書類から顔を上げた

「え?」
「来月、誕生日じゃないですか」

確認を終えた書類を揃えながらそう言われ、先日兵長の誕生日を祝ったのを思い出す
リヴァイの誕生日が十二月二十五日で、自分の誕生日は一月六日
兵長へのプレゼントの事ばかり考えていてすっかり忘れていた
結局は班員皆で紅茶のカップをプレゼントしたのだが――
使わせてもらうと言われて嬉しかったなと思いながらオルオは持っていたペンを置いた

「そうだったな」
「プレゼントさせてください」

薄っすらと頬を赤らめ、胸の前で両手の指先を合わせてそう口にする
訓練中ではないからと下ろしている髪が僅かな動きに合わせてさらりと揺れた
白い肌に、煤色の髪に、薄青色の瞳
容姿は綺麗に整い、多くの異性の目を引き付けた
そんな彼女が自分の恋人だなんて
同じ班の兵士からは揶揄われ、時に妬まれて
連れ立って本部の方へ行けば釣り合わない容姿のせいで注目を集めてしまう
は自分のどこを好きになってくれたのか
それが未だに謎だと思いながらオルオは視線を少し落とした

「プレゼントか……」

何か欲しい物
そう聞かれて真っ先に思い浮かんだものは掃除道具だった
さすがにそれは自分で買おうと思い、別の物を考える
だが好きな物はと考えても何も思い浮かばなかった
強いて言えば紅茶になるのだが、高級品の部類に入る
リヴァイの元にいる今は毎日飲む事が出来るが新兵の彼女にとっては高額だろう
色々と考え込んでいるとが不安そうに首を傾げた
何もないと言われるのを予想しているのだろうか
そう思いながらペンを机に置いて彼女に声を掛けた

「なんでも良いのか?」
「っ、はい」

こちらの言葉ににこっと微笑む
可愛すぎるだろうとその笑顔に見入りながらオルオは書類の端を指でなぞった

「じゃあ、その日は一緒に過ごしたい」
「一緒に……?」
「休みが合う日もあるが……自主訓練ばかりしてるだろ」
「そう、ですね」

互いに兵士という立場だから日々の訓練は欠かせない
自分たちを選んでくれたリヴァイの期待に応えるように、休日であろうとも訓練を欠かした事はなかった
時々は実家に顔を見せに行く事もあるが調査兵団の兵士だったの両親は殉職している
その事もあって休日になると彼女は朝から晩までずっと訓練をしていた
それ故に討伐技術は上がっていて上官からの評価も良くなってはいるが――

「偶にはさ。訓練しないで町でのんびり過ごすのも良いかなーって」
「はい。私、兵長にお願いしてきますね」
「お願い?」
「はい。その日にお休みを……頼み込んできます」

言い終えるとこちらの手元にあった書類も回収して足早に部屋を出て行ってしまった
そう言えば、六日までそう日数もないのか
急に休みの変更をと言われて兵長も困るのでは
まぁ、当日の休みが無理でもまた二人の休みが合う日にのんびり過ごせたら良いのだが
オルオはそう思いながら凝った肩を回すと立ち上がって机の上を片付けた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


青い空に白い雲が浮かび、冷たいが緩やかな風が吹き抜ける
チラチラと雪が降ってはいるがこの季節にしては過ごしやすい日になった
自分たちは 本部 こちら へ来る用事が多くあるのだが、今日は仕事で来た訳ではない
町の方へ行きたいのだが、馬を預ける為に立ち寄っただけだった
二人で乗ってきた一頭の馬を兵団の厩へと預ける
私服で来た自分たちを見て顔見知りの兵士に驚かれたが気にせずにその場を後にした
兵士ばかりが行き交う道を歩き始めると左手をに握られる
手綱を握り、風に晒され続けた手は冷え切っていて彼女の体温がとても温かく感じられた
だが逆にには手の冷たさが伝わったようで、両手でこちらの手を包むように握り直される

「オルオ、手が……」
「あぁ。大丈夫だ」

冬場の訓練や討伐時にはグリップの握りを阻害しない程度の薄手の手袋を使っていた
だが日常で使うような物はもっておらず、いつか買おうと思ってはいるのだが後回しにしてばかり
町へ行くのだから今日こそ購入しようか
だが貴重な二人で過ごす時間を僅かでも消費するのは――と思っていると軽く腕を引かれた

?」
「先に手袋を買いましょう。帰りも手綱を握るんですから……」
「あぁ、そうだな」

帰りは夕方になるから日差しがある今よりも気温は下がるだろう
そうなると、風に晒される両手は更に冷えるという事で――
さすがにキツいと思いながら町へと向かって歩き出した
流石に両手でこちらの手を握ったままでは歩き難いのか、が片手を離す
だがこちらの体温のせいで彼女の手も冷えてしまったように思えた
普段から冷たい水に触れる事が多いというのに
始めの頃よりも荒れる事は少なくなったが、この季節はやはり皸が目立つ
その手を寒風に晒しておく訳にはと思い繋いでいる手をそのまま上着のポケットに入れた
ぴくりと指先が跳ねたが、手を引っ込めることなくがこちらを見上げる

「温かいです」
「そうか」

少し、恥ずかしい感じもするが――
まあ周囲の注目を浴びるのも今更だと思いながら多くの人で踏み固められた雪の道を歩く
太陽の光を反射する道はキラキラと輝いて眩しく、思わず目を細めてしまった
元から目つきが悪いのに、こんな顔をしては余計に人相が悪くなる
そう思いながら馬車の通過の為に足を止めた
再び歩き出そうとしたところで背後からぽつりと呟かれた声が耳に届く

「カップル」
「カップルだ」
「カップルだね」

この声はと振り返ればの同期の三人組が目に入った
全員が私服姿で、休みだという事が分かる
町へいくつもりかと思っていると彼らが側へと歩み寄ってきた

、久しぶり」
「久しぶり、ミカサ。今日はお休みなんだね」
「うん。も?」
「私は……リヴァイ兵長にお願いしてお休みを貰ったの」
「頼まないと休めないくらい忙しいのか?」

エレンの言葉に彼女が笑って首を振る
それからちらりとこちらを見て、三人へと向き直った

「休みはちゃんと貰えてるよ。今日はオルオの誕生日で。それで……」
「そうなんだ。はオルオさんのことが大好きだから――」
「っ、アルミン!」

友人の言葉を慌てて遮るようにしてが声を上げる
同年代との触れ合いを見る機会はあまりないが、このような反応を見せるのか
前に彼女が怪我をして本部で休養していた時も同期と言い合いをしていたっけ
特別作戦班は年上ばかりで直属の上官は兵士長
そんな中で彼女は物静かで、真面目に日々を過ごしていた
十代半ばという遊びたい年頃だというのに
自分と二人でいる時には肩の力を抜いているがこんなにも自然な表情を見た事はなかった
アルミンの頬を両側から押して言葉を続けないようにさせている
こうしてじゃれ合う事もあるのかと眺めていたくなるが、男にしては可愛らしい顔立ちを潰されている後輩が哀れだった
幼馴染だという二人は面白がっているのか止める気配も無い

「むぐっ、んぅ……だって、はいつもオルオさんの――」
「アルミーン!」

また何かを言おうとして更に顔を潰される後輩
このままでは顔の形が変わりそうだと思い、オルオはの肩に手を触れた

。ガキの顔が潰れるぞ」
「えっ……あっ、アルミン、大丈夫?」

言わせないようにするのに必死で顔の形状の変化に気が回らなかったらしい
慌てて手を離すと彼を気遣うように顔を覗きこんだ
そんなに笑って大丈夫と返すとこちらへと目が向けられる

「すみません、お邪魔してしまって」
「いや。、今日は俺を優先しろ」
「っ、はい。皆、またね」
。今度一緒に訓練をしたい」
「喜んで」

最後にミカサとそんな言葉を交わして三人の側を離れた
先程と同じように手を繋いで住民が行き交う道の先へ視線を向ける
自分たちの日常とは違う光景を眺めながら歩いていると不意にが足を止めた
それに習うようにして立ち止まると彼女がショーウィンドウから店内を覗いている
衣料品を扱う店だと分かり、に声を掛けた

「手袋、ありそうか?」
「はい。気に入るのがあれば良いですね」
「そうだな」

そんな言葉を交わしながら扉を開けて店内へと入る
そう広くはない空間に複数の棚が並び衣類が並べられていた
目的の物はすぐ目に入る場所にあり、そちらへと近付いて適当に一つ取ってみる
少し生地が厚いかと別の物を手に取って
もっと薄い生地が良い――と思ったところでが上体を少し前に倒しながらこちらを見上げた

「オルオ、討伐の時に使うのじゃないやつですよ?」
「あ。……そうだった」

ならば厚さはこの程度で大丈夫か
あとは色と模様だが――と、思いながらふと目に入った物を手に取る
至って普通の作りで色は焦げ茶色
手の甲の部分にはベージュの糸で植物の蔓のような模様が刺繍されていた
これならば自分が使っていても違和感はないか
それに――
そう思いながら同じ列の並びにあるもう一つの手袋を手に取った

「お前はこれくらいか?」
「え?」
「手、小さいからなぁ……これじゃ大きいか」

左手に持った手袋を元の場所に戻し、もう少し小さな手袋を取る
それをに差し出すと彼女が受け取って首を傾げた

「お揃いは嫌か?」
「!、いえ、嬉しいです」
「ついでにマフラーも買うか。さっきのガキは年中着けてるが冬場は暖かそうだ」
「マフラーも、お揃いで……?」
「あぁ。ま、普段からスカーフも同じだけどな」
「あれは……兵長も同じですし……」
「ははっ、そうだな」

自分がリヴァイ兵長に憧れて身に着けるようになったスカーフ
いつからかも同じように首に巻くようになっていた
始めは自分と同じように兵長に憧れて――と思ったが二人が話をしている時に彼女が頬を赤らめるのを見て好きなのかと誤解した事もある
あとで分かった事だが、兵長に自分の事を聞いて揶揄われた末の赤面だったらしい
あの兵長が揶揄うとは
偶にはそんな事もあるかと思いながら手袋のサイズを確認する
隣でが同じように手袋を着けて指を握りこんだ

「どうだ?」
「丁度良いです」
「そうか。じゃ、次はマフラーな」
「はい」

二人で同じものを身に着けるだけだというのに彼女はとても嬉しそうに、幸せそうに微笑む
この笑顔を見られただけで自分の誕生日のプレゼントは十分だった
一度、失いかけたから一層そう感じられる
ただ揃いの物を身に着けて旧本部へ帰ったら、兵長は何も言わずとも他の三人に嫌気がさすほど揶揄われるだろうが――
それを考えると憂鬱だと思いながらオルオは真剣な時の癖で無表情になるの横顔へと目を向けた

2023.01.06 up