06

使わない部屋だからといって掃除をしないというわけにはいかないらしい
窓のない地下の通路を歩きながらは先を歩くオルオの背中を見つめた
二人の足音だけが聞こえてなんだか不気味だと思いながら彼が足を止めた場所にある扉を見る

「懲罰室……ここだな」

そう言い、ノブを掴むと重たい音を立てながら引き開けられた
ゴゴッと鈍い金属の音と共に黴臭く埃っぽい空気が動く
くしゃみが出そうだと思いながらオルオの隣に行き中を覗いてみた
懲罰室として使われたこの部屋には地下だから当然ながら窓はない
普通は何も置かれていないのだろうがここを去る時に不要な物を詰め込んでいったようだ
大小さまざまな箱が乱雑に積まれ、床には変色した紙が散らばっている

「はぁ……時間掛かるぞ」
「そうですね。……とりあえず、中のものを廊下に出しましょうか」
「あぁ、長く放置してたんだ。どうせゴミばかりだろうぜ」

そう言い室内に入るオルオの後に続いた
彼が持ってきた燭台を奥にある箱の上に置き、手前から順に物を通路へと出していく
何が入っているのかずしりと重たい小さい箱に何も入っていないんじゃないかと思うくらい軽い大きな箱
腰に悪いぞと思いながら部屋と廊下の行ったり来たりを繰り返した
踏んだら滑りそうだから床に落ちる紙を回収して空いている箱に入れる
そしてその箱を持ち上げようとしたところで不気味な音と共に風が室内へと吹き込んできた
蝋燭の火が大きく揺れてかき消され、視界が真っ暗になる
あ、と思った次の瞬間にはドカンという大きな音が聞こえてビクリと肩が揺れた

「きゃっ……」
「っ……、大丈夫か」
「は、はい。扉が閉まってしまったみたいですね」
「ああ」
「あ、マッチ……エルドさんに渡してしまって」
「俺も兵長に……」
「マッチ、貰ってきますね」

自分の方が扉に近い位置にいるからとそう言い出てそろそろと移動する
目の前すら見えない暗さの中を歩くのはさすがに足が竦むが、手を前に出してそおっと足を進めた
指先が壁に触れ、手探りでドアノブを探す
手に触れたノブを捻って押してみるが一ミリも動いてくれなかった
重たい扉なのだろうと体重を掛けるようにしてみるが、やはり全く動く気配はない

「……すみません、オルオさん。扉が開けられなくて」
「重いからな。代われ」

思いのほか近くで声が聞こえ、驚きながらも扉の前からよけた
手を伸ばせば触れる場所で彼が扉を開けようとしているらしいが、見えるのは暗闇だけ
声だけが聞こえるのがなんだか不思議な感じだった

「……
「はい」
「この扉、内鍵はなかったよな。懲罰室なんだから、ある訳がねぇよな」
「はい、中には何も……ドアノブだけでした」
「はぁ……閉まった衝撃で壊れやがったな」
「……そう、ですか」
「ま、時間が来ても戻らなかったら誰かが見に来るだろうさ。俺たちが地下に降りたのは知ってるし」
「そうですね」
「のんびり休憩……って雰囲気でもねぇけど、休もうぜ」
「はい」

そう返事はしたものの、実は暗いのが怖くて仕方がない
震える息をはき、自分の体を抱くようにして腕を回した
泣いて叫びたいところだが目には見えなくても側にオルオがいるからなんとか堪えられる
父を失ってから、一人で過ごす夜が怖かった
元から離れて暮らしていたが、それでもやはりこの世からいなくなったという事実が悲しくて
巨人にシガンシナ区を奪われ、逃げ延びた先で両親が残したお金で生きた二年間が寂しかった
訓練兵団に入って仲間が出来て、皆の顔を見られる夜がやっと平気になったのに
月も星も見えないこの暗闇は自分にはまるで凶器のようだ
どうにか心を落ち着かせようとしていると腕を掴む手に何かが触れる
反応するよりも前に軽く引かれて一歩前へと出た

「……怖いのか?」
「オルオさん……?」
「俺しかいねぇよ。……、大丈夫か?」
「……わ、私、暗闇が怖く、て……」
「呼吸が震えてる。こっちに来い」

そう言われ、促されるままに歩く
ガタッと音が聞こえ、なにをしているのだろうと思っていると手が離された
それから腰の辺りを引っ張られて何かの上に腰を下ろす格好になる
背に触れるのは石の壁よりももっと柔らかさのある――

「ま、これで少しは……相手が俺で悪いが我慢しとけ」
「!?……ありがとう、ございます……」

近い場所から声が聞こえ、どうやらオルオの脚の間に座った状態になっている、らしいと分かる
なにも見えないが背に触れるのは彼の胸で、呼吸するたびに僅かにその動きが伝わってきた
温かくて、とても優しい
鼓動が伝わってきてまるで父親の腕の中にいるかのような安心感を得られた

「……オルオさん」
「何だ?」
「手を、握っていても良いですか?」
「大胆なこと言うじゃねえか……好きにしろよ」
「ひぃっ……耳元で囁かないでくださいっ」

吐息がかかってくすぐったいし恥ずかしい
しかも無駄に良い声で背筋がぞくっとした
確かに手を握りたいだなんて、自分でも何を言ってるんだとは思ったけど――
思ったけど、それを了承してくれたのは嬉しい
何も見えない中で手探りでオルオの手を探す
彼の太ももの上にあるそれを見つけると手の平を上に向けてくれた
そこに自分の手を置いてそっと指を握りこむ
ぴくりと動くのが分かったが、離されることはなくて安心した
こうしていてくれるのならばこの暗闇も耐えきることが出来る
数分でも、数時間でも
さすがに一日とかは勘弁してほしいけれど
はそう思い、オルオの呼吸を間近に感じながら目を閉じた




「オルオはどうした」

ぽつりと漏らした自分の言葉にエルドが手を止めてこちらを見る

「あいつなら地下の方に……と一緒に行った筈です」
「随分時間掛かってますね。そろそろ夕食なのにあの子も戻ってないですよ」
「まさか……いや、あり得ない……でも十九歳と十五歳の男女が二人きりになると起こりえる……」

何やらグンタがぶつぶつ言っているのを聞き流し、燭台を手に部屋を出た
午後の掃除を初めて夕暮れになろうとしているのに戻らない二人の部下
命令に背いて、ということはないだろうがこうも長く顔を見せないと気になるものだった
地下への闇に飲まれそうな階段を下りて通路の先を見る
蝋燭の灯りに照らされる範囲を見回し、奥へと足を進めていった
背後から三人がついて来るのを感じながら燭台を持つ手を上げ、廊下に出された木箱を見る
元からこのように置かれていた、という感じではなく人の手が触れた跡が見て取れた
ということは――側の扉を見てそのノブに手を触れる
鍵は元から開いている筈だが捻って引いてみても動く様子はない
鍵穴はあるが、この鍵がある場所は自分しか知らなかった
懲罰室だから中からは開けられないことを考えると――

「エルド。工具を持ってこい」
「はい」

自分の言葉にエルドが駆けだし、グンタが扉を見上げた

「そういえば……二時間くらい前に音が聞こえたような気がしますが……」
「扉が閉まった音、だったんですかね?」

その時間帯は二階にいたから気付かなかったが、そんなことがあったのか
そう思っているとエルドが箱を抱えて戻ってきた
差し出されたそれの中を見て一本を無造作に掴む
燭台をペトラに渡すと床に膝をついてノブの隙間に工具の先を差し込んだ
力を込めててこの原理で僅かな隙間をこじ開ける
位置を変えて何度か繰り返すとノブが外れて床へと転げ落ちた
空間になった部分を覗くと折れて引っかかっている金属が見えてそれを取り除く
ギッと扉が軋む音を立てるのを聞いてノブがあった穴に手を入れて引き開けた
ペトラの持つ燭台に照らされる広いとは言えない室内に男女の姿が浮かび上がる
オルオが木箱に腰かけ、その脚の間にがちょこんと収まっていた
二人の手が、オルオの膝の上で繋がれているのを見てから彼の顔を見る
視線が合うとほっとしたような笑みを浮かべた

「さーせんっした、兵長。風圧で閉じ込められまして」
「無事か?」
「俺はなんともないっス。……は暗いのが駄目みたいで……」
「そいつには重大な任務がある。起こせ」
「飯っスね。……おい、

オルオが彼女の名を呼び、自らの体に寄り掛かっている少女の肩を揺すった
かくかくと頭を揺らしたが薄く目を開け、両手の甲で目元を擦る
ぱちぱちと目を瞬いて、オルオの顔を見て、慌てたように視線を背け――
そして、自分と目が合うと飛び上がるようにして立ち上がった

「兵長っ……」

直前まで寝ていたというのに、その立ち姿は手本のように美しく凛としている
背筋を伸ばし、足を肩幅に開き、左手は背に、右手を心臓の上に
焦ったその表情を見てリヴァイは僅かに目を細めた

「てめぇに重要な任務を与える。……食事の支度だ」
「はいっ。すぐに取り掛かります」

そう言い、一歩前に出て背後のオルオを振り返る

「ありがとうございました。……私、眠ってしまって……」
「ふっ、暗かったのが残念だぜ。俺の腕の中で無防備に眠るお前の顔をずっと眺めていたかったのに」
「!?……寝顔なんて、普通です……この燭台、借りていきますねっ」

頬を赤らめ、火の点いていない燭台を手に逃げるように立ち去ろうとしてふと自分の前で足を止める

「兵長」
「なんだ」
「下着、破れていたので繕っておきました」
「……ご苦労」

こちらの言葉に彼女が頷き、ペトラの持つ燭台から火を移すと今度こそ部屋を出て行った
その軽い足音が遠ざかるのを聞きながら木箱から下りて腰を伸ばすオルオを見る

「イテテ……」
「ずっと抱えていたのか」
「はい。落ち着くまで、と思ったんスけどね。呼吸が震えてるし、手も震えて。様子を見てたらあいつ寝ちまうし……」
「そうか。上に戻るぞ。この部屋の続きは明日だ」
「はい」

ペトラの手にある燭台を取り、通路に出て階段の方へと歩き出した
視線を巡らせて、目に入る埃の絡みついた蜘蛛の巣に眉を寄せる
この無駄に広い旧本部の掃除の終わりがくるのはいつの日か
そう思いながら一階への階段を上がっていると背後が騒がしくなる

「オルオ、話がある」
「ちょっと、エルド。男の嫉妬は見苦しいわよ」
「これは嫉妬ではない」
「なんだよ。別に話すようなことなんて――」
「お前、あんなに可愛い子と密着していて男として無反応だったのか」
「……兵長、助けてください」
「……」
「あんな暗い中で何も出来ないっスよね?だって、あんだけ近くに居ても輪郭すら見えなくて――」
「なにも見えなければ、他の感覚が過敏になる」
「はい?」
「聴覚、触覚、嗅覚。その全てでお前はを――」
「へ、へいちょおおぉーー!なに言ってるんスか!確かにあいつ凄い良い匂い……じゃなくて!俺、寝てる女に手を出すようなことしませんから!」
「分かっている。冗談だ」
「冗談言うような性格じゃないスよ、兵長……」

がくりと項垂れるオルオにほんの少しだけ口元を緩めた
その顔を誰にも見られないように正面を見据える
たまには、こんな風に賑やかな部下の声を聞くのも悪くはない
リヴァイはそう思いながら窓の外に浮かぶ月へと視線を向けた

2022.02.13 up