01

自分には憧れている人が二人いる
一人は所属する班の班長であり、人類最強の名を冠するリヴァイ兵士長
もう一人は分隊長の
ハンジと同じように眼鏡を掛けている二十代前半の若い兵士だった
その人はいつも外套を身に着け、フードを深く被っている
晴天の日も、曇りの日も、雨の日も
暑い日であってもその姿は変わらなかった
どうしてだろうと思っていたのだが、間近でその姿を見て納得する
白銀の髪に、深紅の瞳と真っ白な肌
人とは異なる色を持って生まれたあの人は日差しに弱いようだ
初見では驚いてしまう目の色を隠す目的もあるのかも知れないが
顔立ちは整っているのだが、いまいち性別が分からなかった
背丈はリヴァイと同じくらい
髪は肩よりも上の長さで胸は平らに等しい
声は女性にしては低く、男性にしては高かった
調査兵団には性別不詳の人が数人いるが、その人もそのうちの一人で――
討伐数はミケに次ぎ、団長からの信頼も厚い――若い分隊長だった
言葉を交わした事はなくただ側をすれ違うだけ
そんな人に何故だか自分は惹かれていた
容姿のせいか、人とは異なるその色のせいか
理由は分からないが――そんな事を考える自分の視線の先で分隊長は部下らしい男になにやら指示を出しているようだ
兵士が敬礼をして立ち去るのを見送り、右手に持っている書類へと視線を落とす
俯いた顔が上げられるのを見てオルオはさっと視線を逸らすと兵舎へと入った
命じられた掃除を早く終わらせてしまわなければ
そう思い、壁に立て掛けられている箒を手に床を履き始めた
リヴァイ班に入ってから一ヵ月
掃除の手際も良くなり、紅茶も及第点を貰える程度には上達していた
憧れの人が潔癖症であり、紅茶に拘りがあると知って驚いたが――と、そんな事を考えたところで開けたままの玄関前に人が立つ
廊下に伸びる影を見て手の動きを止めると訪問者が言葉を発した

「こんにちはー」
「っ、はい」

まさかと思いながら玄関からは死角になっている位置から足を踏み出す
戸口に立つのは思った通りであり、フードの影からチラリとこちらを見ると口元が優しく微笑んだ
なんて綺麗な人なのか――一瞬見惚れてしまうが姿勢を正して声を掛ける

分隊長」
「君は……初めまして、かな?」
「はい、初めまして。オルオ・ボザドです」
「そう、君が……色々と話を聞いているよ。若いのに凄い討伐数だね」
「いえ自分はまだまだッス」

そう言うと分隊長が目元を細めて、それから手に持つ書類へと目を向けた
何枚か重なっているその紙をこちらへと差し出してくる

「これをリヴァイ兵長に渡して貰えるかな」
「はい」

箒を自分の体に立て掛けるようにして支え、両手で書類を受け取った
こうして近くで見ると体が細いせいか余計に小柄に見える
女の人なのか――と思っているとがフードの端を少し持ち上げながらこちらを見上げた

「三日後の旧市街地での討伐任務の書類だよ。君も参加するんだろうね」
「はい、そう聞いてます」
「頑張ろうね。……怪我をしないように」
「はっ、努力します」

そう応えると分隊長が頷き、くるりとこちらに背を向けて歩き出す
風に靡く外套を羽織る後ろ姿を見送り、箒を側の壁へと立て掛けた
玄関から離れてホールを直進し、階段を上がって
東南側へと延びる廊下を歩きその先にある扉をノックする
入れ、とすぐに返答がありノブを掴むと静かに引き開けた
同時に涼やかな風が吹き抜け、机に向って座るリヴァイがこちらに顔を向ける
彼の側に歩み寄ると受け取ったばかりの書類を差し出した

分隊長が、兵長へと」
が?」

、とはの愛称なのだろうか
以前から彼が口にするのを聞いてはいたがやはり兵長と分隊長は何度も顔を合わせるから自然と親しくなるのだろう
そう思っているとリヴァイがこちらの手から書類を受け取り、文面へと視線を落とした
エルヴィン団長が書いた文字の下に彼のサインと、分隊長のサイン
どちらも綺麗な書体であり、内容は分隊長の言葉の通り旧市街地での討伐任務についてだった
それを読み終えたリヴァイがサインをして、コトと小さな音を立ててペンを置く

「あいつと任務が被るのは久々だな」
「あの……分隊長は……」
「?」
「変わった人、ですね」
「そうだな。見た目は目立つが大人しい、組みやすい奴だ。……悪い癖は、あるが……」
「癖……?」

どんな癖だと思っている間にもリヴァイが立ち上がり、椅子を元の位置に戻した
書類を団長に届けるのだと分かり、彼と共に部屋を出る
廊下を歩き、階段を下りながらふとその横にある窓へ目を向けた
同じ服装の兵士の中で外套を身に着けたあの人の姿は目立つ
部下であろう男女を連れて、どうやら訓練施設へと向かうようだ
忙しい日々だろうに部下の訓練にも付き合うとは
そう思いながら玄関前でリヴァイを見送り、ふうと息をはいた

「……聞けなかったな」

が女性なのか男性なのか
見た目は女性寄りで、でもあの体つきは男のようにも見えて
年上だというのに同年代に見える顔立ちで――
でも性別がどちらかなのか、なんて本人にも他の人にも聞ける訳がなかった
失礼な事だと、分かっているから
でも、女性であったならと、そんな事を願ってしまう
あの人を見て、高鳴った鼓動は――恐らくは恋愛感情だから
とはいえ、美男とは程遠い自分とあの人が関係を深めて、なんて夢を見る事はないが
オルオはそう思いながら箒へと手を伸ばすと今度こそ掃除を終わらせようと玄関フロアの方に体を向けた


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少し離れた家屋の屋根の上でが部下に指示を出している
普段とは違い、討伐の時はハンジと同じようにゴーグル型の眼鏡を着けていた
上官の言葉を聞いて一斉に飛び去る姿を見送り、すぐに分隊長へと視線を戻す
ガスが補充されたボンベを兵士から受け取り、それを立体機動装置に取り付けて――
刃も新しいものへと替えると近付いて来る巨人へと向き直る
中型と大型の巨人をあっという間に討伐すると南東へと向かって飛び去って行った
その姿を見送っていると補給を終えたグンタが自分の傍らで立ち上がる

「良し。オルオ、行くぞ」
「はいっ」
「同じ班員なんだ。もっと気安くしてくれて良いんだぞ」
「……努力するッス」

同じリヴァイ班に所属する相手だが、彼は先輩で
対等に話せるのは同期のペトラくらいで気安くと言われても難しいものだった
そう思いながらグリップを握り直して補給地点を離れる
見下ろす路地にいる巨人を一体、二体と討伐し、屋根に下りたところで向かい合う位置にリヴァイが下りてきた

「お前たち、ついて来い」
「「はっ」」

彼の言葉にグンタと共にリヴァイの後を追う
補給物資を運ぶ駐屯兵の上を飛び、巨人によって崩された家屋を飛び越えてその先の、大きな建物の屋根へと下りた
そこにはがいて側に来たリヴァイを見ると下を見るように首が動かされる

「リヴァイ兵長。どう思いますか、あれ」
「クソみてぇな光景だな。集ってなにをしてやがる」

言われて屋根の縁に寄りその下にある幅の広い道を見た
そこには中型から小型まで、多数の巨人がいる
何がしたいのか人間が側に居るのに襲い掛かっては来ず腹ばいになったり、壁に張り付いていたり
うぞうぞと動くのを見て気持ち悪いと思っているとリヴァイが手の中でグリップを回して持ち直した

「行くぞ、
「はい」
「お前たちは十秒待ってから来い」

言い終えるのと同時にリヴァイとが屋根から飛び降りる
一、二と数えながら自分は何処へ飛び込むかを考えた
二人の邪魔にならないように――今回は補佐をするべきか
あまり得意ではないがあの辺りに行ってから向こうへ回り込んで――
そう考えてグンタの方を見ると彼もこちらを見て頷いた
それを見て屋根の縁を蹴って真下に居る巨人の項を削ぐ
地面ギリギリの位置をアンカーを使って飛び、リヴァイの位置を視界の端に見て前方の巨人の足首を抉った
こちらを掴もうとする手をすり抜け、腕を掛け上げり通り抜けざまに項を削ぐ
次はあちらへとんで――次々と討伐していくとあれだけいた巨人も残りは一体
がその巨人の項を削ぐと自分がいる屋根の上へと下りてきた
巨人が消える際に発する蒸気の熱さに口元を覆う
蒸気が治まると手を下ろして刃を収め、自分へと顔が向けられた

「お疲れさま」
「っ、お疲れさまでした」
「すごく良い動きをするね。さすが、リヴァイ兵長に選ばれた精鋭だ」
「いえ、そんな……」

褒められるとは思わず、気恥ずかしくなって視線を落とした
そんな自分の左の手首にの手が触れるのが見えてびくりと肩を揺らす
なんだとそちらに意識を向けて見えたのは、手首の方から流れる血だった
袖を捲られて傷口を確認される
自分でも見てみるが、恐らく倒壊する家屋の下を潜り抜けた時に破片が当たったのだろう
少し痛みはあるが止血だけをしておけば良いか
急ぐ必要はないから、壁内に戻ってからでも――と思ったところで手を引かれた

「手当てを」
「え、大丈夫ッスよ。これくらいは……」
「駄目だよ。来なさい」

見えている口元から笑みが消え、真剣な表情で言われてしまう
思わず頷くとの手が離され、飛び立つ後に続いた
補給地点に下りると駐屯兵が撤収の準備を始めているのを尻目に診療所へと連れて行かれる
周囲を囲む幕の中に入るとそこには負傷した兵士が数人いた
中には結構な大怪我の者もいるようで――
死にはしないが重傷だろうなと思っているとが薬が入った木箱を手に取ってこちらへと歩み寄ってきた
促されるままに側にある木箱に腰を下ろす
隣に分隊長が座るとジャケットを脱がされ、シャツの袖を捲り上げられた
半ば乾いた血を拭われて、傷口を消毒されて
ピリピリとした痛みに奥歯を噛みしめていると、薬を塗られてガーゼを当てられた
丁寧に包帯を巻かれ、端をしっかりと留められてから手が離される

「はい、良いよ」
「ありがとうございます」
「傷は放置すると感染症を起こす事があるからね」
「はい。気を付けます」

確かにそうだなと思い、膝に置かれたジャケットを手に立ち上がった
早く兵長の側に戻らなければ――と思ったところでその人が診療所の出入り口に立つ
が先に彼に気付き、立ち上がるとその側へと歩み寄って行った
何か言葉を交わし、分隊長の手が兵長の額の辺りに触れて
それから先ほどの自分と同じようにリヴァイの手首を掴んでこちらへと戻ってきた
木箱の前から避けるとそこに兵長が座らされる

……」
「はい、ここを押さえてください」

何か言いたそうなリヴァイに構わずにが前髪を持ち上げるようにして頭に触れた
髪で隠れていたが額に切れたような傷があり血が滲んでいる
リヴァイが仕方なさそうに髪を押さえると先ほどの自分と同じように手当てをされた
包帯を巻く程ではなく、ガーゼをテープで留める程度の小さな傷だったが――
テープの端を指先で押さえるとが使い終えた軟膏に蓋をした

「リヴァイ兵長、お疲れさまでした。私は補給部隊の撤収を補佐して戻ります」
「あぁ。オルオ、行くぞ」
「はい」

立ち上がり、歩き出すリヴァイの後を追って幕の出入り口へ向かう
外へ出る間際に肩越しに背後へ視線を向けるとが他の負傷した兵士へと歩み寄るのが見えた
傷の手当てを的確に出来るという事は医療の心得があるのだろうか
そう思っていると先を歩くリヴァイがこちらへと顔を向けた

は小さな傷も見逃さない。あいつと組んだ時に困るのは手当てをさせろとしつこいところだ」
「そうなんスね」
「あんなことがあったから……仕方ねぇとは思うが」

少し視線を落として呟くようにそう言うと前へと向き直る
には怪我を恐れるような過去があるという事だろうか
一体何があったのだろう
だがリヴァイは話す気はないようだし、聞くのも憚られるものだった

(また、謎が増えたな……)

いつか一つでも謎が解ける日が来るだろうか
オルオはそう思いながら傷を気にするペトラへと顔を向けた

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