04

いつもと同じ時刻に目が覚める
毛布の中でもぞりと身動ぎをして――感じた匂いに動きを止めた
不快なものではない、どちらかといえば空腹を更に刺激されるような匂い
無意識に胃の辺りを摩りながら起き上がるとベッドから下りて身支度を整えた
タオルを片手に廊下に出て、手洗いやら洗顔を終えて
それから厨房へと足を向けるとその戸口に部下の姿を見つける
足音に気付いたのか彼がこちらに顔を向けると体ごと向き直ってぺこりと頭を下げた

「リヴァイ兵長、おはようございます」
「おはよう。……何をしている」
「姉ちゃんが、料理を……」
が?」

そう言葉を返しながら彼の隣に立ち、厨房へ顔を向ける
普段、食事は食堂で済ませていてこの兵舎の厨房は紅茶を淹れる事でしか使われなかった
当然食材などは置かれていないのだがテーブルの上には様々な料理が並んでいる
食事以外にも菓子を作ったようで甘い匂いも感じられた
夜明け前から起き出して作っていたのだろうか
そう思っていると後片付けを終えたのか、視線の先でが調理器具を水切り籠に入れてこちらを振り返る
視線が合うと三角巾を外しながら笑みを浮かべた

「おはようございます、兵長」
「おはよう」
「色々と作ってしまいました。良かったら召し上がってくださいね」
「あぁ……料理が、得意なのか」
「えぇ、まぁ……作るのは好きです」

曖昧な返事を聞きながら目に入ったカップケーキを手に取る
ふんわりと焼き上がっているそれを齧るとが軽く目を見開いた

「あっ。兵長、お行儀が悪い……紅茶を淹れますから座って食べてください」

そんな言葉と共に厨房を追い出され、廊下に立ったまま二口目を食べる
ちらりとオルオを見ると彼が心配そうな表情で厨房の方を見ていた

「どうした。何かあるのか」
「はい……姉ちゃん、悩み事があるんだと……考え込むと料理ばかり作るんスよ。兵士になってからも実家に帰って来た時に一日中料理を作ってた事が何回か……」
「悩み、か」
「聞き出せれば良いんですが、いつも誤魔化されるんスよね」
「……」
「……とにかく、談話室に。座って食べてください」

そんな言葉を聞いて談話室へと向かう
扉を開いて室内に入るとテーブルへと歩み寄った
いつも座っている席へと腰を下ろすとカップケーキへと視線を落とす
一体、彼女は何を悩んでいるのか
人に話して楽になる内容であればいくらでも聞いてやるのだが
リヴァイはそう思いながら程よく甘さが控えられたそれを口元へと寄せた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


植物の蔓で編まれたカゴにカップケーキとキッシュを形が崩れないようにそっと入れる
中が見えないように上に布を被せると厨房を出て談話室へと向かった
扉を開けるとそこには自分以外の特別作戦班の班員がいて料理を囲んでいる
作り過ぎてしまった、と思ったのだが驚いた事に皿は殆どが空になっていた

。お前、料理が上手いな」
「凄いな、料理人レベルだ。いくらでも食べられる」
「そうかな?ありがとう」

エルドとグンタの言葉にそう返すと視界の端でペトラがしょぼんと肩を落とす

「良いなぁ……料理上手なんて」
「ペトラ。お前には無理だ、諦めろ」
「うぅっ。いつか、絶対に上手くなってみせるんだから!」
「味見はしないからな!姉ちゃんと兵長以外にやらせろよ!」

弟の言葉に残った選択肢の二人の男性が顔を青くした
まあ、ペトラの料理の腕前を知っていればそんな反応をするのも仕方ないだろう
今度は彼女に教えながら作ろうか
誰かと一緒に作った方が余計な事まで考えなくて済むだろうから
相談があると言えばここに居る皆が真剣に聞いてくれるだろう
でも自分の悩みはとてもじゃないが人には話せない事で――
そう思いながらは紅茶を飲んでいるリヴァイへと顔を向けた

「兵長。ハンジさんの所に差し入れに行ってきます」
「あぁ」
「オルオ、お皿をシンクに下げて置いてもらえる?帰ったら洗うから」
「俺が洗っておく」
「そう?ありがとう」

出来た弟だと嬉しく思いながら扉を閉めて廊下を進む
正面にある玄関扉を開けるとふわりと風が吹き抜けて下ろしている髪を揺らした
今日の服装は私服だからスカートの裾が緩やかに揺れて脚を撫でる
くすぐったいなと思いながら外に出ると扉を閉めて歩き出した
ハンジは今日、何処にいるだろうか
研究所の方かそれとも分隊長の兵舎か
もしかしたら団長室という可能性もあるけれど
籠を水平に保ちながら歩いて行き、辿り着いた分隊長の兵舎を見上げる
目的の部屋の窓を見るとちょうどそれが開いて外を眺めるようにして人が顔を出した
丁度良いと思い、その人へと声を掛ける

「ハンジさん」
「あ、。おはよう」
「おはようございます。差し入れを持って来ました」
「差し入れ?大歓迎!上がっておいで」

その言葉に頷いて兵舎の中へと入った
階段を上がって廊下を進んで
部屋の前に立ってノックをしようと軽く指を握りこむ
コンコン、と叩くと中からそろりと扉が開けられて隙間からハンジが顔を覗かせた
視線が合うとにこっと笑みを浮かべて扉が大きく開かれる

「扉は、ゆっくり開けないとね」
「うふふ。お邪魔します」
「うん、いらっしゃい」

そんな言葉を交わして室内へと入った
副隊長のモブリットと視線が合い、彼と軽く挨拶を交わして机へと歩み寄る
持ってきた籠を置いて被せていた布を取ると二人が中を覗いて嬉しそうな笑みを浮かべた

「あぁ、は天使だよ」
「本当に。ありがとう、
「えっ。なんですか、二人とも」

言いながらカゴの隅に立てた状態で入れてきたお皿を取り出し、それに二人分のカップケーキとキッシュを取り分ける
するとハンジがこちらに顔を向けて恥ずかしそうに笑った

「いやぁ、実は朝食を食べ損ねてね」
「え?」
「書類を纏めていたら食事の時間が過ぎてしまって……昼までもたないと愚痴っていたところだ」
「そうだったんですか。丁度良かった」

お腹を満たすには足りないだろうが、お昼までもたせるには足りるだろう
そう思いながらお皿をテーブルに置いた
籠の中にはまだ二つずつ残っているがこれはミケ分隊長に渡そう
大柄だから二人分くらい食べられそうだし
そう思っているとハンジがカップケーキを手に取りながら口を開いた

「ねぇ、。エルヴィンにもあげてよ」
「っ……団長に?」
「喜ぶよ、きっと」
「……じゃあ、ミケさんに渡してから……」
「ミケの分は私が渡しておくよ」
「……取って食べないでくださいよ?」
「た、食べないよ!ちゃんと渡すから」
「ふふっ。お願いします。お皿は後で取りに来ますね」
「了解」

ハンジの言葉を聞いて、籠の中からもう一人分のカップケーキをキッシュを取り出してお皿に乗せる
モブリットが幸せそうに食べているのを見て小さく笑うと分隊長室を後にした
先程歩いてきた廊下を引き返して階段を下りて
外へと出ると今度は団長室へと向かう
彼は今日も忙しくしているのだろうか
邪魔にならないように渡したらさっと帰ろう
そう思い、団長室のある兵舎の前に立つとささっと軽く髪を整えた
やはり緊張するなと思いながら背筋を伸ばして屋内へと入る
廊下を進み、正面にある扉の前に立つと軽く指を曲げ、一呼吸おいてからノックをした

「入れ」

中からの短い返答を聞いて静かに扉を開ける
正面にある机に向って座る団長
だがその手にはペンではなくて本を持っていた
机の上には書類もなく、どうやら今日は仕事が暇な日なのだと分かる
兵長にも偶にそんな日があって、日がな一日を掃除をして過ごす時があった
団長は読書をして過ごすのだなと思いながら室内に足を踏み入れる


「お邪魔します。今日は……その、仕事ではないのですが……」

言いながら机へと歩み寄り、籠の中から皿を取り出す
机の上にそれを置くとエルヴィンがそちらへと視線を落とした

「差し入れです。兵長とか、ハンジさんも食べてくれたので味に問題はない、かと……」
「君が作ったのか」
「はい。料理は、趣味で……時々、作ります」

最近は忙しかったり、材料を買いに行くのが面倒で作っていなかったけれど
そう思っているとエルヴィンが本を閉じて机に置いた
じっと料理を見つめられて、自分が見られている訳ではないのに恥ずかしさを感じる
どうしようと一瞬考えて、は籠をそっと机の側の床に下ろした

「紅茶を淹れますね」
「ああ、すまない」
「いいえ」

微笑んだ団長の表情に鼓動が跳ね上がるが平常心を心がけて側を離れる
廊下を奥へと進んで給油室へと入るとやかんを手に取った
水を入れて火にかけて――沸く間に茶器を準備する
紅茶の葉をティーサーバーに入れて、壁に背を預けるように寄り掛かると床に視線を落とした

「はぁ……」

ここ最近、もやもやが一層強くなってしまったような気がする
気を紛らわせようと久々に料理に熱中してみたがあまり効果はなかったようだ
美味しいと食べてくれた弟や兵長の表情を見て嬉しくは思ったけれど
兵舎に戻ったら制服に着替えて訓練施設でも飛び回ってみようか
へとへとになるまで体を動かせば気分転換になるかも知れないし
そう思いながらお湯が沸いたのを確認して紅茶を淹れた
火を消して、カップを乗せたトレーを手に団長室へと戻る
そっと扉を開けると、エルヴィンがカップケーキを食べているのが見えて思わず視線を落とした
自分が作って差し入れしたとはいえ、団長がお菓子を食べているという姿がとても衝撃的で――
甘い物が苦手ではないと良いけれど
兵長が食べるからと甘さを控えたが、団長の口に合うだろうか
そう思いながら側に歩み寄り、紅茶をお皿の隣に置いた

「どうぞ」
「ありがとう」

その言葉にぺこ、と頭を下げて後ろへ一歩下がる
食べているのを眺めているのは駄目だろうと思い
はエルヴィンを見て声を掛けた

「それでは……お皿は後で取りに来ます」

「はい」
「君は料理が上手だな」
「そう、でしょうか。……ご迷惑でなければ、また持って来ても良いでしょうか」
「歓迎しよう」
「っ、ありがとうございます。では、また後で伺います」

こちらの言葉に頷くのを見て籠を持って彼の前を辞する
扉から廊下へと出る、ほんの僅かな間でも背中に感じる視線に耐えられなかった
それでも不自然にならないように足を進め、扉を開けて、足を踏み出して
静かに扉を閉めると肩の力を抜いて細く息をはきだした

「……困ったな」

ぽつりとそう漏らして頬の横に流れる髪を肩の後ろに撫でつける
自分は調査兵団の兵士であり、特別作戦班の班員
後輩の模範になるような兵士でなければならないのに
団長への想いは憧れるだけで抑えて、姿を見て、言葉を交わせることを幸せに思おう
はそう思い少しだけ重たい足取りで廊下を歩き出した

2022.09.23 up