05

今日の討伐任務はかなり厳しい
ミケとハンジの部隊に特別作戦班
そんな出撃メンバーだというのに、巨人の進行は中々止められなかった
この兵站拠点はどうにかして守らなければ次回の調査任務に支障が出てしまう
は家屋の屋根に降り立つとはあと息をはいて額に浮かぶ汗を拭った
グリップを握り続けた手指を開き、再び握り直す
刃が欠けているのを見てそれを捨てると新たな刃を引き抜いた
周囲には自分へと向かってくる多数の巨人がいる
それらを見回すと中型の巨人を目標にしてアンカーを射出した
ガスを使い、掴もうとする手をすり抜けて背後に回り項を削ぐ
その先にいる小型の巨人も着地のついでに討伐をするとすぐにまた家屋の壁にアンカーを放って宙へと飛んだ
周囲には他の班員も居てそれぞれが任務を遂行している
弟はと視線を巡らせて、兵長の補佐をしているのを見つけた
あの組み合わせならばオルオも無理はしないだろう
そう思い、巨人の背後から飛んで項を削いだ
残りは三体か――と思ったところで緑色の信煙弾が上がるのを見る
救援要請だと分かるのと同時には声を上げた

「私が行きます!」
「俺も行く!」

反応した兵長にそう声を掛けてからエルドと共に緑色の煙が立ち上る場所へと向かう
この方角には、確かエルヴィン団長が居たような
あちこち飛び回っていて方向感覚がいまいちだが、目に入る特徴的な建物から察する事が出来た
ミケ分隊長が側に居たが巨人の数が多いから手が回らないのかも知れない
そう思いながら先を急ぎ、大型の巨人が前屈みから起き上がろうとする項を削ぐ

「エルド、どう動く?」
「目に見える巨人の駆逐だ」
「了解」

聞くまでもなかったと思いながらその場にいた兵士と共に巨人を討伐した
こちらは自分たちが居た場所よりも巨人が多い
今日はなんでこんなに多いのか――と思ったところでエルヴィンの姿を見つけた
その体に視線を巡らせて怪我はないようだとほっとする
少し側に行こうと移動して、前に翳される巨人の指を切り落とした
アンカーを巨人に刺して、ワイヤーが巻き戻る速度を使って勢いよく項に刃を滑らせる
その先で大型巨人を難なく討伐する団長
格好良いと思いながら近付こうとして――彼の死角から手の甲で払いのけようとする巨人に気付いた

「っ――!」

気配に気づいた団長が、そちらへ顔を向けようとするのを見ながらグリップを握る指に力を籠める
ワイヤーの巻き戻りとガスの加速で瞬く間に近付くとそのままエルヴィンに体当たりをした
手で押そうにも、刃を装着したままでは傷付けてしまうから
体当たりなんて失礼だと分かってはいるがこれが最善の方法だった
巨人の手が届く範囲から団長が外れたのが分かり、ほっとしたのと同時に自分は物凄い衝撃に襲われる
今までに何度か経験があるが、こんなにも思いきり弾き飛ばされるのは初めての事だった
目に映る景色はゆっくりと動いて見えるのに体は動かせない
瞬きすら出来ない目に映るのは家屋の窓で――
ガシャンと音を立てて頭からそこに突っ込み、暗い室内へと飛び込む
そのまま、放棄された家財へと今度は背中から突っ込んで大きな音を立てた
埃が舞い上がり、自分の上にパラパラと破片が落ちるのを感じながらいつの間にか閉じていた目を開ける
すぐに起き上がって、任務に戻らなければ
そう思いながらも体中に感じる痛みで動く事は出来なかった
埃っぽい空気を吸ってしまい咳き込んだところで意識が薄れていく
倒れている場合じゃないと動こうとしても僅かに指先に力が入るだけ

(だめ……動けない……)

は自分が破った窓の外が翳るのを見ながらゆっくりと目を閉じた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


医者に促され、室内へと足を踏み入れる
怪我を負い、加療が必要な兵士が収容されている部屋
四人部屋のその空間に患者は一人だった
窓側の右にあるベッドへと歩み寄るとそこに横になる人へ視線を落とす
入院着に身を包み、額に包帯を巻かれ、頬にガーゼを当てられている
名を呼べばすぐにでも目を開けて返事をしてくれそうな寝顔だった
だが、彼女は壁外から診療所へと運び込まれ、手当てを受けても尚眠り続けている
手を伸ばし、一瞬躊躇いながらもそろりと頬に触れると人体としての暖かさを感じられた

「……姉ちゃん」

普段通りにそう呼んでみるが言葉は返されず、瞼が開く事もなかった
ただ、静かに呼吸を繰り返すのを見て側に置かれている椅子に腰を下ろす
エルドから聞いたが、団長を庇って大型巨人の手に弾かれたらしい
速度が出ていた為に受け身も取れずにそのまま廃屋に突っ込んだとか
医師の話では身体に大きな怪我はないが強く頭を打ったのだろうという事だった
寝かせておけばその内起きるだろうという思いと、このまま目覚めなかったらという不安が入り混じる
簡素な椅子の硬い背凭れに背を預けながら姉の顔を見つめた
姉弟だというのに本当に自分とは似ていない
美人で討伐の技術に長けた姉は自分の自慢であり憧れでもあった
目が覚めるまで付き添ったと言えば怒るだろうか
ちゃんと仕事をしなさい、と口にする姿を想像し、ほんの少しだけ笑みを零した
薄い毛布の上に出ている手を握ると細い指に視線を落とす
そこに、乾いた血が付いているのを見てハンカチを取り出すとそっと拭った
張り付いたそれはなかなか落ちなかったが、根気よく繰り返して汚れを拭い去る
そのまま手を握り、ぼんやりと窓の外を眺めているとコンコン、とノックの音が聞こえた

「……っ、はい」

少し反応が遅れてしまいながらもそう言葉を返し、の手を毛布の上に戻す
立ち上がるのと同時に扉が開き、エルヴィンとリヴァイが入って来た

「あ……お疲れさまです」
「てめぇ、ずっと付いていたのか」
「え、ずっとって……」
「夕方だぞ」

兵長の言葉に窓の方を振り返り、太陽が沈もうとしている事に漸く気が付く
ここに来た時は昼前だったのだが――
オルオは正面に向き直ると誤魔化すように笑って頷いた

「そうッスね。なんか、ぼんやりしてました」

言いながら室内の薄暗さに気付いて机の横に置かれている燭台へ目を向ける
引き出しを探り、マッチを取り出すとそれを擦って火を灯した
軽く手を振って火を消すと使い終えた軸を燭台の横にある缶の中へと落す
緋色の灯りの中でを見るが、彼女は最初に見た時と変わらずに眠っていた
いつになったら目が覚めるのか――そう思ったところでエルヴィンに声を掛けられる

「オルオ」
「っ、はい」
「すまない。彼女は私を庇い、このような――」
「いえ、これは姉ちゃんが選んだことです」

彼の言葉を聞いて思わず話を遮ってしまった
団長が謝る必要はない
だって、これは――

「兵長が俺たちに教えてくれたように。悔いのない選択をしただけッス」
「悔いのない……」
「はい。だから……気にしないでくださいってのは、無理でしょうけど……」

ああ、なんか言葉が纏まらない
困ったと思っているとリヴァイがを見ていた視線を自分へと向けた

「オルオよ」
「はい」
「少し休め。てめぇ、昼食を食い損ねただろう」
「はい。すみません、失礼します」

食欲なんて微塵もないし、空腹も感じない
だが兵長に言われては一度病室を出なければならないだろう
提出する書類を書かなければならないし、入浴もしたいし
オルオはそう思いながらぺこりと頭を下げると二人の前を辞した




キイ、パタンと扉の開閉音を聞き、遠ざかる足音を聞きながら部下へと視線を向ける
表情に苦痛を浮かべることはなくただ眠っているように見える
休みの時以外はきっちりと結ばれている髪がシーツの上に緩やかなウェーブを描きながら広がっていた
美しい人だと思っているとリヴァイが側へと歩み寄り、彼女の額に指先を触れる
軽く力を込めたようだが、反応が無いのを見て手を離した

「医者の話では……目覚める確率は半々だそうだ」
「っ……」
「見た目は小さな傷ばかりだが、頭から突っ込んだからな」
「……そう、だな」
「オルオが言った通りだ。エルヴィンが気にする必要はない。これは……の選択だ」
「しかし、俺は……彼女を失いたくない」
「……居るとは思えねぇ神にでも祈ったらどうだ」
「……」

祈る神なんて、いる訳がない
そう思っているとリヴァイがの頬をそっと撫でた

「……いつまで寝てやがる。早く起きろ」

静かにそう声を掛けるとくるりと背を向けて部屋を出て行く
一人残されたエルヴィンは細く溜息を漏らすとベッドの側にある椅子へと腰を下ろした
脚の高さが合っていないのか寄り掛かると後ろへと僅かに傾く
一度座り直すと眠り続ける女性へと目を向けた
彼女が目を覚まし、再び自分をその目に映す日は来るのだろうか
いや、どうにか目覚めて欲しいと思っているとコンコン、とノックの音が聞こえた
誰だと思っているとキィと扉が開かれ、二人の駐屯兵の女性が入ってくる

「っ、エルヴィン団長……失礼します。さんの体位変換をさせてください」
「あぁ、頼む」

そう応えると二人がベッドへと歩み寄り、毛布を捲り上げた
病衣姿のの体に触れ、二人掛で体が横へと向けられる
手足の位置や枕を整えるとふわりと毛布が掛けられた
最後に自分に一礼すると部屋を出て行き、扉が閉められる
再び静かになった室内でエルヴィンはを見た
人の手が体に触れ、動かされても目覚める気配はない
その事実が受け入れがたく、無意識に奥歯を噛みしめた
それから小さく溜息を漏らすとの顔を見る
こちらに体を向けるように格好になり、その表情がよく見えた
本当に、普通に眠っているかのような寝顔は実年齢よりも幼く感じる
どこか痛む場所はないのだろうか
眠っているから痛みも感じないのかも知れない
そう思い、蝋燭の火の灯りに照らされる長い艶やかな髪に誘われるようにして手を伸ばした
触れてみると思った通りに柔らかく、指通りが良い
毛先まで辿り、さらりと髪が零れ落ちると今度は手に触れて握る
白い肌をそっと撫でるともう一方の手を重ねた

「すまない、。俺が、油断をしたせいで……」

あの時、もっと早く背後の巨人に気付いていれば――
背後を見た時にはもう回避できる状態ではなかった
受け身を取ろうにも体の向き的に難しく、どうするかと思った瞬間にはが肩からぶつかってきて
ぶつかられた痛みはさほどなく、振り返った時には彼女が巨人の手に勢いよく弾かれたのが見えた
巨人の項を削ぎ、側に来たエルドに補佐を任せてすぐにの元へと駆け付けて
目に入ったのはガラスや木枠の破片が散らばる床と、の体がぶつかって壊れたであろう家財の残骸
埃が舞うその室内で彼女は割れたテーブルの天板の下に倒れていた
声を掛けても、体に触れても目を開ける事はなく、とにかく安全な場所へと運んで――
簡易な処置しか出来ない壁外でを長く待たせてしまった
あの時、すぐに壁内へ運んでいればもっと早くに目を覚ましていただろうか
だが、今それを考えてもどうにもならないのが現実だった
自分にできる事はただ、こうして側に居る事だけか――

「……俺は、無力だな……」

エルヴィンは小さくそう呟くと、の手を握った手を己の額へと押し当てた

2022.12.03 up