07

(破れてる……)

脱がされたシャツを見てそんな事を考えた
縫うには範囲が広すぎるから廃棄するしかないか
それにあのように血塗れでは染み抜きするのも大変だろう
シャツは何枚か予備があるから買い足す必要はないと思いながら処置台の上で傷の手当てを受けた
傷口は背中だから自分で見る事は出来ない
だが、消毒にピリピリと痛む範囲からして右肩の下辺りから脇腹の方へ、結構長い傷だと分かった
廃材が背に降って来た時に何かで切ったのだろうか
だとすると外套にも穴が開いているのでは
ジャケットも無事ではないだろうなと衣類の事ばかり考えているとハンジが目の前にしゃがみ込む


「はい?」

そう返事を返すが、なんだか怒っているような気配を感じた
普段は優しい光を感じる目の奥にチラチラと怒りの感情が見えるような
そんな事を考えているとハンジが処置台代わりの木箱に手を触れて、その指先に力を込めた

「どうして、自分を犠牲にしようとするんだ」
「いえ、そのようなことは……」
「しているじゃないか。怪我をしたなら撤退して手当てを受けないと」
「そう、ですね」
「それに、その怪我は私を庇って負ったんだろう?君が上になってくれたから……私は、無傷で済んだ」
「はあ」
「……討伐技術は君の方が上なのに。。君は調査兵団に必要な兵士なんだよ」
「ハンジ分隊長こそ、必要でしょう。僕にはトラップとか考え付きませんから」
「君のように討伐出来る兵士も貴重なんだよ!」

その言葉には小さく笑い、処置を妨げない程度に身動ぎをした

「兵長に言われました」
「……リヴァイに?何を?」
「死を恐れないから巨人と戦える」
「っ……そう、だね。君は全く怖がらない」
「はい。実際、怖くないです。不思議ですね。初陣の時に、初めて巨人を見ても何も感じなかった。ただ、大きいなと思ったくらいで」
「……」
「襲ってくると分かっているのに。兵士が喰われるのを見ても怖くなかった。僕は……死んでも良いと思っていたのかも知れません」
……!」

優しい目がキツく細められ、声に怒気が込められる
それを見ながらは木箱を指先が白くなるくらい力を込めて掴むハンジの手に己の手を重ねた

「っ……!」
「でもね、ハンジ分隊長」
「な、なに……?」

触れる自分の手は冷たくて、彼女の手は温かい
その部分から熱を分けてもらいながら――ちらりと視線を奥へと向けた
物陰に立つ人と視線が合って、気恥ずかしさを覚えながらハンジを目に映す

「守りたいと、思う人が出来ました」
「っ――そう、なんだ?……その人は、幸せだね」
「幸せ……?」
「だって、君は凄く人気があるから。美人で、優しいからね。女の子は皆、君を見つめてばかりだよ。あぁ、羨ましいな、その人が。ね、誰か教えてくれる?こっそり、誰にも言わないからさ」

妙に早口なその言葉を聞いて視線を逸らす
チラリと治療を続ける兵士を見て、集中してこちらの話を聞いていないのを確認するとはハンジの手を強く握った

「、です」
「……」
「伝わりましたか?」
「っ、あ、あの……」
「守りたいんです。どうか、守らせてください」
「……分かった。……ありがとう。でも、無理はしないで。君が怪我をすると、私も辛いよ。……痛いだろう?手の時もその背中も」
「努力します」
「……あの……ちょっと、風に当たってくる……暑いね、この場所は」

そう言うとするりと手を引き、ふらりと立ち上がって足早に立ち去ってしまう
少し離れたところで扉が開閉する音を聞くと小さく笑って顔を隠すように腕を動かした
日陰に位置するこの簡易診療所は蝋燭が灯されてはいるが肌寒いのに
照れてしまって体温が上がったのだろうか
可愛らしいなと思いながらは腕の影で口元を緩ませた




「……どうしよう。あれは私のことが好きだって、ことだよね?いや、守りたいだけか。でも、それだけでも嬉しいよね。本気、かな。夢かな?夢かも。いや、現実か――」
「ハンジ」
「うわぁっ!……なんだ、エルヴィンか」
「……」
「あはは、ごめんごめん。ちょっと、考え事をしていてね」

こちらの言葉に団長にじっと見つめられ、それから診療所の方へと目が向けられる

の様子は」
「……右肩の下から左の脇腹まで、斜めに。縫合は必要だけど、そう深くはないって」
「そうか」
「ごめん、家屋の倒壊から私を庇ってくれたんだよ。せっかく復帰したのにまた待機になるね」
「いや……今回の任務が終われば大規模な討伐は暫くはない」
「そうだけど……」

でも、自分のせいで彼が動けなくなってしまうのはやはり気に掛かるもので
はあと溜息を漏らすとエルヴィンが腕を組んでこちらを見下ろした

「それで」
「ん?」
「彼の想いは通じたのか」
「え!?」
「……ふむ、オルオが言った通りのようだな」
「オルオ?」

なんで彼の名前が出てくるのだろう
訳が分からないと首を傾げると珍しくエルヴィンがその口元に笑みを浮かべた

がハンジに想いを寄せていると聞いた。眺めるだけで何もしないと」
「え、エルヴィンにそんなことを?」

普段からよく喋る後輩だが、なんて事を喋ってくれたのか
しかも、エルヴィンを相手にそんな話を――
と思っていると団長がほんの僅かに笑みを浮かべる

「まあ、傍から見ていてそうだろうなとは思っていたが。オルオは互いに見つめるだけで進展しないと気に掛けていた。皆が見守っていたぞ」
「う……」
「気付いていない者もいるだろうがな」
「不覚っ……そんなに分かりやすかった?」
「あぁ。彼は年下だからと言い出せなかったようだな」
「それは、私も……年上だし……」
「返事をしたのか」
「え?……あ、うん。でもきちんとはしていないかな。驚いちゃって」
「言葉で返してやれ。勇気を振り絞った彼が可哀そうだろう」
「……分かった」

エルヴィンがの肩を持つのは彼の経歴が悲惨過ぎるせいか
自分とも長い付き合いなのに――
と、そんな事を考えながら深呼吸をする
治療が終わるまでになんとか気持ちを落ち着かせなければ
きちんと、自分も好きだと言いたいからへの返事を考えておこう
さてなんと言えば良いのかと考え、悩み、煮詰まって
巨人関連の事よりも必死になり、堂々巡りになりそう――と思ったところでコツッと背後で音が聞こえた
はっとして振り返ると治療を終えたのかが立っている
頃合いを見て迎えに行こうと思っていたのに
失敗したと気落ちしかけたところで彼が自身の左手を胸に当てた
右手をこちらへと差し出すと優しく目元を緩めて口を開く

「改めて申し込みます。好きです、ハンジ分隊長。どうか僕とお付き合いをしてください」
「っ――」

なんて真っ直ぐで、堂々とした告白だろうか
一気に頬が上気するのを感じながらハンジはの手に己の手を重ねた

「……こちらこそ、よろしく。君が好きだよ、

と、そう返したところで診療所の扉が開き、室内で歓声を上げるリヴァイ班の姿が目に入る
彼らは討伐に行った筈では――と思っていると部下の間をすり抜けてリヴァイが出て来た


「はい」
「良かったな。俺も安心したぞ」
「はは……あんなことを言われては流石に……」
「あんなこと?」

何があったのかと首を傾げるとがちらりとこちらに視線を向けた
それから重ねた手を握られて、もじもじしてから口を開く

「もっと分かりやすい告白をしないと一週間、一人で掃除だと、兵長が……」
「え……?」
「分隊長は気付いていらっしゃらなかったようですが……皆、討伐に行ったと見せかけて……裏から診療所に入り込んでいまして……」
「ぜ、全部、聞いてたの……?」
「あぁ」
「……」

任務中に何をしているのか
そう思いながらもハンジは軽く首を振るとリヴァイへと体を向けた

「リヴァイ、一人で掃除なんてを脅して――」
「脅したんじゃねぇ。背中を押しただけだ」
「背中を……」

だが、リヴァイが満足する程度の掃除を一週間、一人でなんて
怪我をしているには相当辛いだろうに
そう考えたところで彼がこちらに顔を向けた

「抜糸まで待機だそうです。お見舞い、来てくれると嬉しいですが……」
「行くよ。毎日、会いに行く」
「ありがとうございます」

頬を赤らめ、照れたように微笑んで
そんな彼の背後でエルドが外套を摘まんでリヴァイへと声を掛けた

「兵長、の外套とジャケット、縫おうにも穴が大きいですね」
「予備はあるだろうが発注しておけ。一週間あれば届くだろう」
「了解しました」
「さぁ、壁内に戻るぞ。、飛べるか」

エルヴィンの声が聞こえて、そういえば居たのだったと更に恥ずかしさが込み上げる
直属の上司に、先輩に、仲間、さらに団長の見守る中で告白をするなんて
はどんな気持ちだったのかと思っていると彼がエルヴィンへと顔を向けた

「大丈夫です。身体を捻らなければ良いと言われています」
「そうか。リヴァイ、の補佐をしながら撤退を。ハンジも先に戻れ」
「了解だ」
「了解しました」
「了解」

それぞれが言葉を返し、壁の方へと体を向ける
皆がグリップを握り、支点を定めようとしたところでオルオがに声を掛けた

「おい、本当に大丈夫か?」
「壁超えくらいならね。ヒリヒリ痛いけど」
「無理してねぇだろうな」
「やせ我慢してるだけかもね」

「大丈夫だよ」

笑いを含んだ声でそう言い、前のエルドが飛ぶのを待ってからが地面を離れる
その後をオルオが追って行き、自分もその後に続いた
飛ぶ姿は相変わらず見入ってしまうくらいに見事で綺麗で――
破れた外套と血の跡を見なければ怪我をしているなんて思えないくらいだった
前方を飛ぶペトラと笑顔で言葉を交わす余裕もあるようだが、傷は痛むだろうに
壁内に戻ったら彼を兵舎まで送って行こう
ハンジはそう思いながら次の支点へとアンカーを撃ちこんだ

2024.04.22 up