03

「ごめんなさい、オルオ……頑張ったんですけど……」
「お前は悪くない。……これ、望みはあるか……?」

そう言い、ウィンクルムが差し出してきたメモへと視線を落とす
目に入るのは彼女が書く読みやすい綺麗な文字だった

1.兵長の印象
 怖い。厳しそう。側にいると泣きそうになる。とにかく顔が怖い。
 目つきが悪すぎる。威圧感が凄い。

2.惹かれる異性のタイプ
 笑顔が優しい。頼れる感じ。包容力がある人。面白い人

3.兵長と一日過ごせと言われたら
 泣く。巨人と過ごしたほうがマシかもしれない

それらに目を通して最後の文面に思わずため息が漏れた
ウィンクルムを特別作戦班の一員だと知りながらこんなことを言うなんて
まあそれだけ素直な子だと分かることは分かるのだが――

「……ウィル」
「はい……?」
「手助けはやめておくか……」
「で、でもっ、兵長の為に……」
「俺だって何か出来るならとは思うが……」

惹かれる異性のタイプがこれでは望みはないのでは
笑うことはあるがその顔はあまり優しくはないし、頼れる人ではあるが失礼ながら面白くはない
包容力はある方だと思うが
兵長にもっと笑えとか、睨むなとか、冗談を言えるようになれとか言える訳がない
困ったと思いながら隣に座るウィンクルムの肩を抱いていると、目の高さに持って改めて眺めていたメモ用紙が後ろからぱっと取られた
視線で追うとエルドの顔が見えて慌てて手を伸ばす

「なんだこれは。次のデートの予定か?」
「違う!返せよ、見るな!」
「ん~、なになに……なんだこれは」
「エルドさん、返してくださいっ」

ウィンクルムも取り戻そうと手を伸ばすがエルドはそれも躱して自分たちが座っているソファから離れていく
オルオは立ち上がると彼を追って足を踏み出した

「読むなって!」
「……おい、なんだこれは。ウィンクルムが書いた字のようだが」

休憩室を自分から逃げながら歩き回り、全部読み終えたらしい彼がこちらを見る
それを見てはあと溜息をもらすとエルドに背を向けた
そんな自分に背後から彼が近付き、肩に手を置かれる

「誰から見た兵長の印象だ、これは」
「……」
「ほぅ……オルオ、お前初陣で――」
「だぁー!分かった!」

恋人の前であの話をされてたまるか
声を上げてエルドの言葉を遮ると彼の方へと体を向けた

「信じられないとは思うが」
「ん?」
「兵長が一目惚れした相手だ」
「……」
「ちょっと、難しそうだったから手助けをと思ったんだが――」
「待てオルオ」

こちらの言葉をエルドが片手を上げて制し、もう一度メモを見て
それから改めて自分を見た

「兵長が?」
「ああ」
「一目惚れ、だと?」
「そうだ」
「そんな、まさか……」
「だから信じられないとは思うがと言っただろ」
「……本当なのか」

信じられないという顔をする彼に頷いてウィンクルムの隣へと戻る
ソファに腰を下ろすとエルドが側の椅子を引いてこちらを向くようにして座った
メモを見て、それから目だけをこちらに向ける

「なんで一目惚れだと?」
「兵長が俺に聞いたんだよ、ウィルに一目惚れしたとき、どんな気持ちだったかって」
「そんな事を……」
「俺の話を聞いただけで去って行ったが……そんな事を聞くような人じゃないからな……」
「確かにそうだが……で、相手は誰なんだ」
っていう名前の……私の後輩の訓練兵です」
「訓練兵!?……お前の後輩なら105期か……」
「はい、可愛い子です。でも、兵長にじっと見られて泣いてしまって……怖がっているんですよね……」
「……うぅむ。それで巨人のほうがマシ、というわけか……」
「巨人はよく笑うからって、言ってました……」
「うっ、なかなか鋭いことを……」
「だが兵長の方が良いだろ。人を喰わないし」
「そうですよね……」

ウィンクルムが俯いて膝に置いている手を見る、そしてふと思い出したようにこちらへ顔を向けた

「でも兵長のことを、優しい人かも、って言ってました」
「っ、望みはあるか」
「彼女の髪留めが壊れたときに兵長がハンカチで髪を結んでくれたって」
「そんなことをしてたのか。……器用な人だな、兵長は」
「ウィンクルムが結ぶのを見てやり方を知っていたのかも知れないな」
「ハンカチを返したいって言ってたんですけど、自分でって伝えて受け取って来ていませんが……」
「よくやった。オルオ、望みはあるぞ!」
「ああ……良かった……」

彼女が兵長にハンカチを返す時に少しでも話が出来れば良いが
だが、今までに経験のないことでリヴァイには難しいかも知れない
オルオはそう思いながらメモ用紙を何故か自らのポケットへとしまい込むエルドを眺めた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


今日はとても風が強い
壁に囲まれているというのに吹き下ろすような風が木々を大きく揺らしていた
そんな中でも訓練兵たちは今日も施設で己の技術を磨くために飛び回っている
風に煽られて思ったように飛べず難儀しているけれど
木の枝に着地はしたものの、強風に煽られて体が浮き上がりそうになる
友人が伸ばす手に掴まるとぐいと体を引っ張られ、風から守るように前に立ってくれた

「ふう……ありがとう」
、お前軽いから吹っ飛ばされるぞ」
「これ以上は危険だ。向こうに補給地点があるだろ。そこで待っていてくれ」
「……うん、ごめんね」
「無理をしたら怪我をするわ。補給をして待っていて」

一緒に訓練をしていた皆にそう言われ、は立っていた木の枝から地面へと下りた
風に煽られながらもなんとか着地すると伸ばしたワイヤーが巻き戻る音を聞きながら補給地点へと向かって歩き出す
頭上では人が四人乗っても撓ることのない太い枝が大きく揺れていた
嵐のようだが風だけで雨は降っていない
枝に阻まれてチラチラとしか見えないが、暗い色の雲が強風に千切れながら凄い速さで流されていた
これからもっと荒れるのだろうか
友人たちが戻ってきたら訓練を切り上げた方が良いだろう
そう思いながら風に背を押されるようにして歩き、少し開けた場所にある補給地点へと辿り着いた
ガスの補給をしておこうかと大型ボンベが並ぶ場所へと歩み寄る
立て掛けられている木枠が風に押されているのかギシギシと音を立てていた
不気味だと思いながらそちらに歩み寄り、立体機動装置からボンベを外す
この作業は結構な時間が掛かるものだった
じりじりと待って満タンにすると重たくなったボンベを装置に戻したところでメキッという音が耳に入る

「っ、あ――」

同時に自分の上に影が下り、顔を上げて見えたのは大型ボンベを支える木枠が崩れるところだった
メリメリ、バリバリと轟音を立てて自分の上に落ちてくる木枠とボンベ
咄嗟に体を引いて直撃は免れたが木枠が割れて鋭く形を変えた先端が瞼の辺りを掠めた

「っ……!」

無意識にその部分を手で覆うようにして触れる
他の部分は傷つくことなく破片が足元へと散らばり落ちた
ほっとしながらも、手に濡れた感触がありそっと離して見てみる
指の付け根から手の平に掛けて真っ赤な血が付着していた
流れ落ちる血が頬から顎に伝ってジャケットと中に着るシャツの胸元に落ちる
右目は開けることが出来ず、出血を押さえるように右手で覆い汚れていない左手でポケットを探った
とにかく血を止めないと――と思ったところで肩を掴まれる
ぐいと引っ張られ、突然のことに転びそうになった
だが腰を支えられて転倒を免れ、驚く程近くにリヴァイの顔が見えて――

「っ、兵長……!」

慌てて体を離し、敬礼の姿勢を取ろうとするのだが腰を抱える腕は力強く離れる事が出来なかった
出血する場所を隠す手を掴まれて顔から引き剥がされる
驚いている間にも顔が近付き、何かが瞼に触れたのが分かった
彼の左手は腰に、右手は手を掴んでいる
何が触れたのか――開けられる左目を瞬いてそちらへと動かして
見えたのは血を舐めるリヴァイの姿だった

「!?へ、兵長……!」
「動くな。……傷は深くねぇな」

言いながら右手が離され、彼が自らのポケットからハンカチを取り出す
それを傷に当てられると漸く腰を抱える腕から解放された

「押さえろ」
「っ、はい」

ハンカチに右手で触れて、その手が血塗れだったのを思い出す
余計に汚してしまったと思っていると左手首を掴まれた
こちらに背を向けて歩き出すリヴァイに引っ張られて慌てて自分も足を踏み出す
何処へ行くのか、さっさと歩く彼の背中を見つめた
少し歩くと小さな小屋が見えてきて、そこへと向かうと扉が開けられる
中へと引っ張るようにして入れられて室内を見回した
棚とベッドと机などがあるがここは確か、駐屯兵の簡易診療所では
皆、手当てを受けるのに兵舎のほうの診療所に行くからか、駐屯兵の姿はないけれど
そう思っているとリヴァイが机の上の燭台にマッチで火を灯した
室内が明るくなり、彼の方へ顔を向けると棚を開ける手元を見つめる
取り出したのは包帯とかガーゼとか
他に何か液体の入った瓶とか、小さな容器とか
それらを机の上に並べるとこちらへと顔が向けられた

「座れ」
「はい」

どうやら手当をしてくれるようだと思いながら側にある背もたれのない椅子へと腰を下ろす
ハンカチを押さえていた手を下ろすと、リヴァイが自分の前に立った
鋭い目つきで見られるが不思議と怖くは感じない
血を拭う手付きが優しいからだろうか
そう思っていると液体を浸したガーゼに傷の周囲を拭かれてヒヤリと冷たさを感じた
瞼から、頬を通って顎まで
血が流れた場所を拭かれると傷に小さな容器に入っていた薬を塗られる
その部分を折りたたんだガーゼで覆われて、包帯を巻かれて固定されて
そこまでやって兵長の手が自分から離れた

「応急処置だ。戻ったら向こうの診療所へ行け」
「はい。ありがとうございました……あの……」

使った薬や余ったガーゼを戻すリヴァイを見ながらもじ、と指先を膝の上で動かす
棚の扉を閉めた彼がこちらを向くのを見て立ち上がるとぺこりと頭を下げた

「先日は失礼しました。泣いてしまって……」
「いや……」
「兵長はお優しい人、ですね」
「……」

こちらの言葉にリヴァイが目を瞬き、僅かに眉が寄せられる
その様子を見ては内心しまったと思った
言葉を発するときには一呼吸おいてからにしないと
ウィンクルムに対しての発言のようにまた失礼なことを――と思っていると彼が表情を緩める
釣り上がる眉が僅かに下がり、口角が上がって――その笑った顔は思った以上に優しかった

「そうか」
「っ……はい。あ、そうだ……これを」

言いながら汚れていない左手をポケットに入れてリヴァイに借りたハンカチを取り出す
差し出されたそれを彼が受け取り、ポケットへと入れられた
机に置かれた血塗れのハンカチを取るとリヴァイへ目を向ける

「洗ってお返しします」
「……ああ」
「あの……旧本部の方へお届けしても……?」
「好きにしろ」
「はい」

ずっと持ち続けるよりは早く返した方が良いに決まっていた
いざ返すときに皺が寄っていたりしたら申し訳ないから
そんな事を考えているとリヴァイが自分の横を通り抜けて戸口へと歩み寄った
ドアノブに手を触れるとこちらに背を向けたまま声を掛けられる

「ではな、
「はい、兵長。ありがとうございました」

彼の声で名を呼ばれるのはなんだか不思議な感じがした
ざわりと胸の奥がざわつくような、落ち着かないような――でも、なんとなく嬉しいような
この気持ちは一体何なのだろうか
はそう思いながらリヴァイの姿が扉の向こうに消えるのを見送った

2022.02.27 up