03

「愛しの!」
「はいはい……」

ハンジの言葉に呆れた様子でそう返す
関係を知らない人から見れば、恋人関係に見えなくもない
オルオはそう思いながら兄を体の側面にくっ付けて歩き去る分隊長を見送った
二人で団長の元へと向かうようだと思っているとリヴァイが自分の横にある扉から出てくる

「オルオ」
「っ、はい」
「てめぇ、休みの日は体を休めろ。朝から晩まで訓練施設で過ごすな」
「はい……ですが、俺は兵長みたいな男に、なりたくて……」

強くならなければあの人には近付けない
憧れるリヴァイの足元にも及ばないのだから、もっと鍛えて――と思っていると彼の手が肩に置かれた

「良くやっている。が、無理はするな」

無理なんてしていない
とは言えずにオルオは曖昧に頷いた
リヴァイがこちらの体から手を離して歩き出すのを見てその後を追う
他の班員は別の仕事があるようで、今日の補佐は自分一人だった
色々と忙しい兵長から書類を受け取って、それを別の人へと届けに行って
戻る途中でリヴァイへの書類を受け取ったり、別の用事を言いつけられたり
そんな事をしていると瞬く間に時間が過ぎていった
もうじき昼食の時間になるだろうかと足元の影の位置を見ながら道を進む
分隊長室がある兵舎の前に立つとそれを見上げてから扉に手を触れた
静かに引き開けると玄関フロアに足を踏み入れる
ここにはあまり訪れた事はないが、南に面して部屋が並んでいた
正面の階段を上がり、視線を上げたところで廊下の先に壁に手を触れて凭れるように立つ人がいるのに気付く

「っ、分隊長」

どうしたのかと小走りに側へと行ってその肩に触れた
小柄な分隊長の顔をフードの影から覗き込むように身を屈めると、が閉じていた目を開けてこちらを見る

「ああ、君か……」
「どうしたんスか?真っ青ですが……」
「ちょっと胸が……」
「苦しいんですか?」
「ん……たまに、あることなんだよ。大丈夫だから」
「……」
「ごめんね、驚かせて」

そう言い、ぽんとこちらの腕に軽く触れて歩き出す分隊長
自然と離れた手を下ろすと部屋へと入る姿を見送った
いつも背筋を伸ばし、凛とした姿で歩くのに今は歩幅も狭くふら付いていた
本当に大丈夫なのか――
そう思いながらも左手に持つ書類へ視線を落とすとミケの部屋へと向かった
扉をノックして、返答を聞いてから静かに引き開ける
正面の机に長身故に脚を持て余し気味に座る分隊長に書類を渡して、リヴァイへの書類を受け取ってから退室した
これで午前中の仕事は終わりか――と思ったが、やはりの事が気に掛かる
あんなに顔色が悪いのに、大丈夫な訳がないだろう
そう思い、足を止めると引き返して奥にある部屋に向った
気が急いていたのかノックを忘れ、ノブを掴んで引き開けてしまう

分隊長、大丈夫で――」

と、そこまで口にしたところで言葉が途切れてしまった
ミケの部屋と同じように、正面に机が置かれている
薄暗いのは日差しを遮る為の厚地のカーテンのせいか
机の手前に立つは外套とジャケットを脱ぎ、肩のベルトを外し、中に着る服を脱いでいた
男ならばそれで上半身は裸になる者が多いだろう
だが分隊長はその他にも一枚身に着けていた
胸から鳩尾辺りまでを覆うそれは中央を縦に紐で縛る作りになっている
その上の方の紐が緩められ開いた隙間から豊かに膨らむ白い胸が、見えて――

「っ!……す、すみません!」

瞬時に謝って、同時に書類で顔を覆った
やはり女性だったのか
部屋を出なければと思ったのだが背後で自重によって閉まる音が聞こえた
下手に動く事は出来ず、目を閉じるとに声を掛けられる

「ごめん、ちょっと待ってね」
「は、はい……」

小さな音を立てて彼女、が服装を正しているのが分かった
その間に自分も落ち着こうと静かに呼吸を繰り返す
どうにか頬の赤みが消えてくれと願っているとコツ、と床に踵が触れる音が聞こえた

「もう大丈夫だよ」

そう言われて目を開けると、そろそろと書類を持つ手を下ろす
視線の先には丁度ジャケットを羽織るの姿が見えた
先ほど目にした胸の膨らみは何処にいったのかと思うくらい平坦になっている
あれだけ締め付けていれば苦しくなって当たり前だろう
そう思いながら視線を上げると彼女が困ったように笑って口を開く

「ごめんね、驚かせて」
「いえ、俺が声を掛けずに、開けてしまったんで……」
「心配してくれたんだろう?そんなに顔色悪かったかな」
「はい……真っ青でした」
「そう。朝に締めすぎたみたいで……ずっと団長の部屋で仕事をしていたから直す時間もなくてね」
「……苦しくないんですか?毎日、着けているんですよね?」
「まぁね、でも慣れるものだよ。その、自分で言うのもなんだけど、結構大きくてね。邪魔になって……動くと揺れるし、ね」
「女性は大変スね……」
「本当に。男だったら良かったなって思う時もあるよ」
「……」
「まあ、女に生まれて良いこともあるけどね」
「そうッスよ。俺は、分隊長が女性で良かったッス」
「?」
「あっ。……いえ、その……綺麗な、人なんで……」
「……ありがとう。私はこの色のせいで不気味に思われることが多いんだけど……そう言われると照れるね」
「不気味だなんて。白銀も赤も、綺麗な色じゃないッスか」

そう言うと彼女が目を瞬いてからはにかんだように微笑んだ
ああ、やっぱり女性で良かった
自分が尊敬と共に、好意を抱いた人だから――
そんな事を考えているとが背後の机に寄り掛かり、縁に両手を触れた

「……エース君」
「っ、はい」
「君は良い子だね」
「そんな事は……あの、子ども扱いしないでくださいよ。俺、十九です」
「ああ、ごめん。そうか、十九歳だったね……私の四つ下だ」
「あ……分隊長は、二十三歳スか」
「うん、そうだよ」
「分隊長じゃなかったら同年代かと思いますよ」
「ありがとう。嬉しいことばかり言ってくれるね」
「本当のことッス」

こちらの言葉にが右手を頬に沿えた
肌が白いから、頬の赤みが目立って――と思っていると僅かに視線を落としてからこちらへと目が向けられる

「あんな顔をしている時は締め過ぎたときだから。気にしなくて良いよ」
「放っておけませんよ。本当に真っ青で、呼吸も満足に出来ないのに討伐をしていたなんて……無理、しないでください」
「ありがとう。リヴァイ兵長は知っているからいつも助けてくれているんだよ。だから、大丈夫」
「知っている人って少ないんスよね……俺、ずっと分からなくて……」
「聞かれることがないからね。遠慮されるみたいで……兵長は普通に聞いてきたけど」
「……兵長らしいッス」
「本当に。でもとても頼りになる人だよ」
「はい。俺、兵長に憧れています」
「嬉しいだろうね。部下に慕われて……兵長を支えてね」
「勿論です。では、俺はこれで……あの、討伐中に苦しくなったら声を掛けてくださいね」
「そうさせてもらうよ。ありがとう」

にこ、と微笑まれて頬が熱くなる
オルオは赤くなった顔を見られないようにぺこりと頭を下げた
に背を向けて、扉を開けて
廊下に出て静かに扉を閉める
静かな廊下を進み、階段の前に来たところで左手で口元を覆った

「はぁ……マジかよ」

女性であれば良い
そう願ってはいたが本当に女性だったとは
柔和な顔立ちに、細い腰と脚
今思えばどう見ても女性だったのに、分からなかったのは――やはり、あの平坦にした胸のせいか
よくあそこまで潰せるものだと感心するくらい、元は大きく見えた
全てを見たわけではないがちらりと見えた谷間は結構深く――

「あぁ、クソッ!何考えてるんだよ、俺は……」

独り言にしては大きな声で呟くと階段を下りる
外へ出る為に扉に触れようとしたところでそれが外側から引き開けられた
中に入ろうとした人が足を踏み出そうとして動きを止める

「おっと、オルオ」
「っ……ハンジさん」
「お疲れさま」
「お疲れさまです」

言いながら前から退けて道を譲る
彼が中に入り、二、三歩進んだところで立ち止まるとくるりとこちらに体ごと振り返った
思わず身構えるとじいと見つめられ、それから小さく笑みが零される
笑い方は妹と似ているかも知れない
この人も、誰に対しても優しいところはあるし――と考えているとハンジが両手を腰に置いて口を開いた

「君は知ったね?我ら兄妹の秘密を」
「……やっぱり、秘密なんですか?」
「あははっ、そうじゃないけど。皆勘違いするからさ。面白いから放っておいてるんだよ」
「……そうッスか」
「言っちゃ駄目だよ?に群がる男が出たら……追い払うのが大変だから」
「綺麗な人ですからね」

そう言うとハンジが頷き、それからちらりと上階へ視線を向けてからこちらに向き直る

「……妹を頼むよ。無理をして戦ってくれているんだ。色素が薄いせいで日差しに弱いからフードは外せない。視界が狭いのに、呼吸も苦しいだろうに平気な顔をして、怪我をしてもそれを隠して……人類の為に、ね」
「了解しました。出来る限り、守りますよ」
「頼りにしてるよ、オルオ」

そう言い、ぽんとこちらの肩に触れて側を離れる分隊長
それを階段を上がっていく姿を見てからオルオは兵舎から外へと出た
扉を閉めてポーチの階段を下りる
ちらりと二階の窓を見上げ、リヴァイの元へ戻ろうとしたところで声が聞こえてきた

「愛しの!」
「あぁ、もう!あなたの部屋は隣です!」
「……はは、仲が良いな……」

兄妹であればあの距離感も普通なのかもしれない
自分だって弟の事は可愛いと思っているから
次の休暇には久々に実家に戻ろうか
オルオはそう思いながら少し雲が出て来た空を見上げて歩き出した

2022.09.04 up