06

を診療所に運び終えた後は書類整理などをして過ごし、時は進んで夜になる
飲む気分ではないが班員と共に席が用意された部屋へと向かった
既に人が集まり、がやがやと賑やかな声が聞こえる
扉は開けられたままで室内は人が多いせいか空気が籠っていた
あまり長居はしたくないなと思いながら決められているテーブルへと歩み寄る
椅子に腰を下ろし、周囲に視線を巡らせるとハンジの側にの姿を見つけた
その横顔を見ながら出席したのかとその身を案じる
日が落ちた為か彼女は外套を脱いでいた
蝋燭の灯りで白銀の髪が綺麗な光を弾いている
分隊長が集まって何か話しているようでミケの姿もあった
彼が長身のせいか、が余計に小さく見える
一体何を話しているのだろうか
そう思っていると彼女の目がこちらへ向きそうに見えて慌てて顔を伏せた
じっとテーブルの上に置かれた燭台を見つめ、細く息をはく
膝の上で手の指を意味もなく組み直していると正面に座るエルドに声を掛けられた

「オルオ、具合でも悪いのか?」
「あ、いえ……俺、あまり酒が飲めないんで……」
「そうか。なら紅茶を飲むと良い。酒宴だからと言って酒だけが出る訳じゃないからな」
「はい」

そんな言葉を交わし、視線をテーブルへと落とす
今言ったことは別に嘘ではない
何度か口にしたが酒の味は少し苦手だった
最初の乾杯の杯だけを空けて後は紅茶を飲んでおこう
オルオはそう思いながら視線を上げるとの姿をじっと見つめた


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酒の入ったグラスを片手に窓の前に立つ
外を見ているようで、そうではなく、反射して映る室内を見つめていた
そこには多くの兵士がいて酒を飲んでいる
その中で自分の視線は一人の若い兵士に向けられていた
特別作戦班が座るテーブルにいる男性
乾杯をしてから時間を掛けてグラスを空け、それからは紅茶へと切り替えていた
どうやらお酒はあまり好きではないらしい
兵長と言葉を交わし、同じくらいの年齢の女性と話をして
焦ったような表情や喧嘩するような表情
感情豊かなその人は二週間ばかり前に自分を好きだと言ってくれた人だった
そして今日、自分を抱えて立体機動で飛ぶという難易度の高い事をやってのけた青年
まだ十代だというのに彼の身体機能はとても高いものだった
お礼を言わなければならないのだが、あの告白への答えはまだ出ていない
なんと答えたら良いのだろう
自分の気持ちは――と答えの出ない事に延々と悩み、小さく溜息をもらすと手に持ったままのグラスへ視線を落とした
底に僅かに残る酒を飲み干すと眉を寄せて息をはく
自分も酒はあまり好きではない
いつかは楽しんで飲めるようになるのだろうか
そんな事を考えながらグラスを人の居ないテーブルへと置いた
窓から離れるとミケと話をしている団長の側へと歩み寄る

「エルヴィン団長、ミケさん。お先に失礼します」
「あぁ。ハンジに話を聞いた。大丈夫なのか」
「はい。休んだらすっかり良くなりました」
「そうか、あまり無理はしないでくれ」
「了解しました」

そう応えてミケの方へと顔を向ける
団長と付き合いが長いという彼はじっとこちらを見つめるとほんの少しだけ笑ってくれた

「また明日。今日はよく休め」
「はい」

そう言葉を返し「失礼します」と断ってから側を離れる
兄は何処に行ったと室内を見回して一際賑やかな場所にその姿を見つけるとそちらへと近付いた

「ハンジ」
「あぁ、愛しの!」
「……先に帰るからね」
「うん、送ろうか」
「大丈夫。……モブリット、いつもごめんね」
「いえ、お疲れさまでした」

そんな言葉を交わして兄の側を離れる
あの副隊長にはいつも無理をさせてしまっていた
酷い時には夜通し仕事をして、夜が明けてからぶっ続けで会議にも出されたり
きちんと休ませてあげるように言っておかなければ
そう思いながらちらりとリヴァイの方へ目を向けた
兵長に挨拶をしない訳には行かない
緊張するけれど――そう思い、ぐっと手を握ると並ぶテーブルの間を通り抜けて比較的静かなその場所へと向かった
リヴァイがこちらに気付いて顔を向ける
視線が合い、普段通りに笑みを浮かべると側で足を止めて少しだけ上体を前へと傾けた

「リヴァイ兵長。お先に失礼します」
「あぁ。てめぇ、倒れたらしいな」
「はい。日に当たり過ぎてしまって」
「自分を雑に扱うな。体調は……良くなったみたいだな」
「はい、努力します。……今日はありがとう。助かったよ」
「あ、いえ。元気になって、良かったッス」

視線を落としていたオルオに顔を向けてそう声を掛けると、彼が弾かれたようにこちらを見て、そして目が逸らされる
その様子を見て、どうしてか胸の奥が重たくなるような、チクリと痛むような感じがした
平静を装って、いつも通りを意識して彼らの側を離れる
戸口から廊下に出て、玄関の方へと向って歩いた
今日は満月で窓からは明るい月の光が入り、廊下にくっきりと木枠の影を落としている
それを見ながら足を止めると窓に手を触れて押し開けた
冷えた外気が流れこみ、人いきれで上気した頬を撫でられる
ほっと息をついて窓に寄り掛かるように両腕で体を支えた
風が気持ち良いと思っているとコツ、と踵が床に触れる音が耳に届く
誰が手洗いにでも立ったのだろうか
まあ、それ以外でも酒宴だから酔い覚ましとか、酒が苦手な人はそろそろ帰る時刻だろう――自分もその一人だし
そう思いながら顔を向け、見えたのは兵長の姿だった

「?」

こちらを見つめる彼にどうしたのかと首を傾げる
するとリヴァイが側に来て壁に寄り掛かるようにして立った

「……迷っているのか」
「え?」
「まだ若いが、良い奴だぞ。連携は苦手だが、討伐技術は格段だ」
「……」
「俺が選んだ班員だ。簡単には死なねぇ」
「っ……あの」
「元から自主訓練が多い奴だが……ここ最近はロクに休みもせずに夜中まで訓練施設にいる。休めと言っても無理はしてないと言い張る。……心当たりはあるか」
「……彼は、あなたに憧れていますので……近付こうと、努力を……しているのでしょうね」

普段の自分らしくない、言葉に迷いながらの返答になってしまう
それを聞いてリヴァイが険のある目を細め、睨むようにこちらを見た

「てめぇ……本気で言ってねぇだろうな」
「っ、なに、怒っているんですか……部下に慕われて、羨ましいですよ」
「チッ」
「……」

その顔で、その目つきで不機嫌になるのは止めてもらいたい
付き合いが長いとはいえ本気で怖いから
でも不機嫌にしているのは自分なんだなと思い、は視線を自分の手へと落した
指先を重ね、どうにか兵長の怒りを収めようとしていると彼の手がぽん、と頭に乗せられる

「っ……」
「お前が決めることだ。悔いのない選択をしろ」

言い終えて、彼が壁から離れると酒宴へと戻って行く
その姿を見送り、それから外へと視線を戻して
深く溜息をもらすと窓を閉めた
話を逸らした返答のせいでリヴァイを怒らせてしまったか
彼が何を言いたかったのかは分かる
でも――と考えたところでカッカッと走る足音が聞こえた
急いでいる足音は誰のものか
そう思い、顔を向けると廊下に出て来た人を見て肩を揺らした
こちらへ顔を向けた彼が、緊張した表情を見せてから歩み寄って来る

「あの、分隊長」
「あ……」

その兵士――オルオが側で足を止め、ちらりと窓の方を見てからこちらに向き直った

「兵舎まで送って行きます」
「っ……だ、大丈夫だよ?月が明るいし……道が、よく見えるから」
「それでも。こんな遅い時間に女性を一人で歩かせる訳には、いきませんから」
「……ありがとう」

恥ずかしさを感じながらも礼を言い、彼と共に玄関の方へと歩き出す
改めて見てみるとオルオはハンジよりも背が高いだろうか
自分は彼よりも十センチ以上は低いようだ
身長は160で、兵長と同じ
別に大きくも小さくも無いのだがこの背丈のせいで周りは男だと誤解するのだろう
まあ、小柄な兵長がいるから余計に間違われるのだろうけど
そう思いながら外へと出て、冷たい空気を吸った

「はぁ……涼しいッスね」
「そうだね。ああいう場所は人が多いから暑くなってしまうね」
分隊長は……酒、苦手ッスか?」
「うん。だから飲むのは一杯だけ。それでも、酔ってしまうことはあるけどね」

実は今も頭が少しふわふわしている
歩くのに支障はない程度に、だけれど
でも今日はなんだかそわそわしてしまい、鼓動が落ち着かない
今、あの返事をしても良いのだろうか
でもなんて言えば良いのだろうと考えながら歩いているとオルオも落ち着かないのかしきりに手の指が握られたり、開いたりを繰り返していた
あの話を、無かった事になんて出来ない
だから、きちんと返事をしなければ
分かっているのに言葉が出て来なくて、そうこうしている内にいつの間にやら分隊長の兵舎前に来てしまった
玄関前でオルオが足を止めてこちらに顔を向ける

「じゃあ、俺戻りますんで。おやすみなさい」

言い終えて、こちらの返事も聞かずに踵を返す彼
は咄嗟に手を伸ばすとオルオのジャケットの袖口を掴んだ

「っ……分隊長?」
「あ、あの……ちょっと、良いかな」
「なんスか?」

あの日の事を、まるで覚えていないかのように自然に返される言葉
あれは白昼夢だったのだろうか
そう思いながら、袖を掴む手にぎゅっと力を込めた

「あの日の、返事を……」

こちらの言葉に視線の先で彼の指先が僅かに動く
自然な形に伸ばされていた指が握りこまれるのを見てそろりと目を上に向けた
見えたのは月明かりに柔らかに光を弾く亜麻色の髪
月と同じ灰色の目は真っ直ぐに自分へと向けられていた
そのどちらも優しい色だなと思いながら、は思い切って口を開く

「その、私はね、兵士として生きるには虚弱な体質で……」
「……生まれ持ったものは、仕方ないッスよ。それに、俺は分隊長のその色、好きです」
「っ……年上、だけど……」
「たったの四年じゃないですか」
「……」

生まれつきの虚弱な体と、埋められない年齢差
彼はその二つをあっさりと受け入れてくれるようだ
初めて会う人には驚かれる色素のない体
目の色なんて、流れる血液の色がそのまま表れているのにオルオは綺麗だと言ってくれる
そんな彼を、やはり、改めて――好きだと思った
自分の気持ちを再確認すると顔を上げてオルオを見上げる
綺麗な、今日の月のような色の瞳を見つめると恥ずかしさを押し留めて口を開く

「ありがとう……私も、君が好きだよ」
「っ……」
「だから、その……よろしく、ね」
「はっ。よろしくお願いします!」

そう言い、左では袖口を掴んでいるから動かさず、右手が心臓の上に当てられた
中途半端な敬礼姿に思わず笑ってしまう
すると彼も恥ずかしそうに笑い、それから右手がこちらの手に触れた

「あの……って呼んで良いですか?」
「勿論。じゃあ私は……オルオって呼ぼうか」
「はい。……今日はゆっくり休んでください」
「うん、ありがとう。おやすみ、オルオ」
「おやすみなさい……

照れたように笑って愛称を口にする彼
可愛いなんて、男性に対しては失礼だろうかそんな言葉が思い浮かぶ表情だった
そんな事を考えている間にもゆっくりと手が離されて、オルオがこちらに背を向けて酒宴の会場へと戻って行く
その姿を建物の影に入るまで見送ると頬に手を触れた
周囲が暗くて良かった
赤くなると自分の肌の色では目立ってしまうから
そう思いながら軽く肌を摩ると背後にある扉から兵舎の中へと入った

2023.10.22 up