05

後輩の兵士から、突然の告白を受けてそろそろ半月が経過する
分隊長としての仕事をし、団長の補佐をして、部下の訓練指導をして
いつも通りの日々を過ごしているのだが、あれから彼と言葉を交わしていない
姿を見掛ける事はあるのだが手が離せないタイミングで声を掛けられなかった
それに、なんだか避けられているようで正面から歩いてきたと思っても不意に路地へと入って行ってしまう
それもごく自然な動きだから避けられている、という訳ではないのかも知れないが
はそう思いながら立体機動装置のアンカーを前方の木の枝へと撃ち込んだ
普段は兵舎で内務をしている時間帯
だが、部下が事故に巻き込まれたと聞いては赴かずにはいられなかった
訓練施設の一部が倒壊してその下敷きになっているとか
救助の為か多くの兵士が同じ方向へと向かっている
正面からの風にフードが脱げてしまうがそれに構わずに先を急いだ
降り立った場所は補給地点で、近くにあった小屋が崖の崩落に巻き込まれている
ほぼ原形を留めていないその小屋の周囲で兵士たちが土や岩を避けていた
その側へと下りると周囲を見回す
確かに自分の隊だと確認すると入れそうな隙間を探した

分隊長」
「人数は」
「恐らく、二人です」
「分かった」

側に来た副隊長とそんな言葉を交わし、しゃがみ込んで入れそうな隙間を探す
無理をすれば入れそうな場所を見つけると顔を上げて部下を見た

「私が中に入る。君たちは外からの撤去を続けて」
「危険です、崖が何度も崩落していて――」
「頼んだよ」

邪魔になる立体機動装置を外すと引き留めようとする彼に手渡して瓦礫の間から中へと入る
折り重なる柱や木の板に時々引っかかり、上から落ちて来る小石や土を被りながら奥へと移動した
すると何処からかコツ、と小さな音が聞こえて動きを止める
外で撤去を続ける物音に紛れてそうな程小さな音
だが、確かに聞こえたと思い声を掛けた

「誰か、いる?」
……分隊長、ですか?います……ここ、に……」

声を掛けると思ったよりも近くから返答がある
手が届くかもしれないと思い、は身を低くしてひび割れた床板に左手を触れると返事が聞こえた右側の瓦礫の間に手を入れた
するとその指先に何かが触れて、握られる感触がする

「良かった。君だけ?」
「いえ、隣にもう一人……気を失っていますが生きています。小屋に居たのは自分たち二人だけです」
「分かった。すぐに助けるよ」
「はい……」

不安そうな返事を聞き、それから怪我の有無を聞いた
どうやら二人とも運よく瓦礫の隙間に倒れているらしい
痛みはあるが骨折程ではないようだ
もう一人の状態は、分からないけれど
とにかく場所は分かったと思い、一度外に出て集まっている兵士に指示を出す
土砂や小屋の残骸を撤去する作業をして、小一時間程が経過したところで無事に部下を引っ張り出す事が出来た
医療の心得のある兵士が側に付き、怪我の有無を確認する
気を失っていた方も外に出されたところで意識が戻り、周囲の状況に驚いていた
どうやら二人とも打撲と切り傷程度で済んだらしい
命が脅かされる怪我ではないと分かりほっとして、それから額に浮かぶ汗を拭って
ふと顔を上げると眩しい太陽の光が見えた

「っ――!」

自分の目には眩しすぎて、咄嗟に瞼を閉じる
救助に必死でフードを被らずにいたせいか、頭が痛いし眩暈までして――

「うっ……」
「分隊長、大丈夫ですか?」

気付いた兵士がこちらの体を支えてくれるが、力が入らずにそのままへたり込んでしまった

「分隊長を日陰へ、急げ!」

彼の声に他の兵士が動き、抱えられて日向から日陰へと移動させられる
木陰に新たに敷かれたシートの上に横になると目を閉じたま礼を言った

「……ありがとう。ごめん、少し休んだら動けるから」
「無理をしないでください。分隊長が日差しに弱いのは皆知っていますから」
「うん……」

生まれつきとはいえ、面倒な体だと改めて思う
医学書によると極稀に自分のような体質を持って生まれる人は稀にいるようだ
出会った事は、ないけれど
日差しが強いと肌が赤くなってしまうから日除けは欠かせなかった
どれだけ暑くてもフードを被り、時には目の下から首まで覆う布に手袋まで着けなければならない
今日は、そこまで日差しは強くないから皮膚は赤くならないだろうが――
でも頭が痛くて、少し気持ち悪い
これが少し治まるまでここで休んでいこう
はそう思い、フードを背中側から引っ張り出すと深く被って目を閉じた




もぞ、と身動ぎをしたのと同時に意識が覚醒する
どうやら、少し休むつもりで寝入ってしまったらしい
部下の前でなんという失態を――そう思ったのと同時に消毒液の匂いを感じ、は漸く目を開けた
見えたのは枝を広げる大木――ではなくて、木の天井
ここは何処だろうと視線を彷徨わせて――ベッドの側に座る兄の姿に目を留めた

「ハンジ……?」
「起きた?」
「ここ、は」
「兵舎の診療所だよ」
「私、訓練施設に……」
「うん。体調を崩したをここまで運んできてくれたんだよ。オルオが、ね」
「……オルオ……リヴァイ班の?」
「そうだよ。彼、偶然訓練施設にいたらしくてね。腕に抱えて飛んでくれたんだって」
「……」
「人を抱えたまま飛ぶなんて難しいのに。私が連絡を受けてここに来た時には顔とか、手とかを拭いていてくれてたよ。泥だらけだったから」
「あ……そう、だった」

救助作業をしていて、そのまま倒れてしまったからあちこち汚れていただろう
そう思いながらもぞりと動いて毛布の中から手を出した
目の高さに翳した手は汚れが綺麗に拭かれている
申し訳ないなと思っているとハンジが身を乗り出すようにして膝に肘をついて声を掛けてきた

「お礼、言わないとね」
「うん。今夜、言っておく」
「今夜?出席するつもり?倒れたんだから欠席しても良いのに」
「平気。頭痛も治まったし……本当に、面倒な体だね……」
「……無理をしないで内務だけやってくれても良いんだよ。いっそのこと、退団したって構わないのに」
「無理なんて。私は、兵士になりたかったの。分隊長にまでなれたんだから……大丈夫だよ。支えてくれる部下がいるから」
「私としては、支えてくれる恋人を作ってもらいたいところだけどね」
「……」
「ふぅ……とにかく、無事で良かった。もう少し休んでから部屋に戻るんだよ?仕事は私とミケでやっておくから」
「うん、ありがとう」

そう言うとハンジの手が頭を撫で、にこりと笑って立ち上がる
遠ざかる背中を見送り、開閉する扉の音を聞くと窓の方へ目を向けた
自分を寝かせる為か日陰になる北側にある病室のようで薄暗い路地の壁が見える
額に手を置くと小さく息をはいて目を閉じた
ハンジが言う通り、少し休んだら兵舎に戻って――お風呂に入ろうか
今日は夜に飲み会があるから汚れた制服を着替えたいし、汗も流したい
きっと彼――オルオも参加するだろうから身嗜みを整えてお礼を言いたかった

「……また、訓練施設にいたのか……頑張り屋さんだね……」

兵長に憧れて、強くなろうとする兵士
大半はリヴァイの桁外れの強さに挫折するのだが、オルオはずっとその背を追い続けている
そこまで彼に慕われる兵長を羨ましく思った
リヴァイとしても悪い気はしないだろう
はそう思いながら体を窓の方に向けると僅かに見える空を見つめてから目を閉じた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


墓地から逃げ帰ってからそろそろ半月が経つ
兵長の補佐をして、空いている時間があれば訓練施設へ
自室には寝に戻るだけの生活を送っていた
時々、外に出ればの姿を見掛ける事がある
そんな時は接近しないよう、意図的に道を選んで避けていた
だから彼女からの返答を聞いてはいない
このまま、聞かずにいれたら良いのに――と思っていたのだが今日は酒宴が予定されていた
理由を付けて欠席したいが、そういう訳にもいかないだろう
分隊長であるはきっとその席にいるだろうが、言葉を交わさずに過ごせるだろうか
そんな事を考えながら訓練施設のもっとも奥まった補給地点でガスの補充を済ませた
そろそろ兵舎へ戻ろうと引き返し、中ほどまで来たところでふといつもと違う空気を感じる
多くの兵士のざわめきと、強く感じる土の匂い
なにかあったのかとそちらへ向かうと、補給地点を囲む木の上へと降り立った
周囲を見回して、崖崩れが起きたのだと分かる
ここ一週間ほどは雨も降っていないのに、突然崩れたのだろうか
そう思い、潰された小屋を見てそれから手当てを受けている兵士を見て――
そこから少し離れた日陰で横たわる人を見てオルオは木から下りた
小走りにそちらへと駆け寄り、彼女に付き添っている兵士に声を掛ける

分隊長は」
「分隊長は部下の救助をしていて……それで日に当たり過ぎてしまって。お休みになっているところです」
「そうか……」
「先に兵舎の方へ運びたいのですが、部下を優先される方ですので……」
「じゃあ、俺が」
「え?」
「俺が運ぶ」
「ですが……」
「抱えて飛べる。診療所に連れて行けば良いんだろ」
「……お願いします。分隊長の装備は自分が運んでおきます」

その言葉に頷いての側に膝を付く
フードを被り、目の部分は見えないが呼吸は穏やかに繰り返されていた
どうやら眠っているらしいと、起こさないようにそっとその体に触れる
兵士の手を借りて、彼女の体を腕に抱えた
両手はグリップを握っているからしっかりとの体を支えられない
立体機動術ではバランスが重要だが今回は特にそれを意識しなければならないか
そう思いながらゆっくりと立ち上がると「お願いします」という言葉に頷いて施設の出口の方へと向かって飛ぶ
に負担が掛からないように、でも出来るだけ急いで
チラリと彼女に目を向けると風にフードが揺れて彼女の顔が露になった
現場の指示だけではなく自ら救助にあたっていたのか、頬や額に土が付着している
既に乾いてはいるが、手も同様に汚れていた
部下の身を案じて自ら、恐らく率先して作業に当たったのだろう
無理をしてしまったのだろうかと思いながら木々の間をすり抜け、途中にある補給地点を飛び越えて
最短距離で出入り口手前の広場まで辿り着くと木から下りて着地する
の体を抱え直すとそのまま門を通り抜けて診療所へと急いだ
広場を走り抜けようとしたところで、木箱を運んでいるモブリットの姿を見付ける
すると彼もこちらに気付いたようで驚いたように目が見開かれた

「あ、分隊長……!?」
「診療所に運ぶ。ハンジさんに伝えてくれ」
「わ、分かった!」

そう言いモブリットが木箱を他の兵士に預けて何処かへと走り去る
その姿を尻目に自分は診療所へと急いだ
いつもは駐屯兵の姿が多くあるが今は崖崩れの方に行ってしまっていて人の姿はない
まあ、は怪我をしていないからベッドに寝かせておくだけで良いだろう
そう思い、廊下を進み扉を開けようとして動きを止めた
明るい部屋よりも薄暗い方が良いだろうか
彼女は日の光に弱いからと思い、くるりと踵を返す
北向きに窓のある病室の空いている部屋に入るとベッドにを下ろした
外套を脱がせ、ジャケットも脱がせて――
酷く汚れているのは外套だけで、中の服はそんなに汚れてはいない
それを見てオルオは一度部屋を出ると桶に水を汲み、数枚のタオルを用意した
病室に引き返すとタオルを濡らして絞り、彼女の顔を拭こうとして手を止める
触れるのすら躊躇してしまうくらい、綺麗な顔立ちだった
それでも汚れたままではと深呼吸をしてからそっと泥を拭う
乾いていたそれは再び水分を含んで汚れが伸びたが、問題なく拭う事が出来た
前髪も拭いて、タオルを取り替えると今度は手を拭き始める
こちらはなかなか大変だなと手のひらを拭いていると廊下から足音が聞こえてきた

「オルオ?どこだーい」
「ここッス」

ハンジの声にそう応えると、細く開けたままだった扉から彼が顔を覗かせた

「あぁ、ここか。は……」
「眠っています。日差しを浴び過ぎたって、部下の兵士が言ってましたよ」
「そう……いつもフードは被っているのに……ん、泥?」
「訓練施設で崖崩れがあって。それに巻き込まれた兵士を救助していたみたいッス」
「……はぁ、またそんな事を……フードが脱げているのに直さなかったんだね」

言いながら彼が側に来て妹の寝顔を覗き込む
こうしてみると、少し――ほんの少しだだが――似ているだろうか
主にまつ毛が長い辺りが
あとは、話し方が似ているかな
そう思いながら汚れを拭きとった右手をそっと下ろし、今度は左手を拭き始めた
白く細い指ときちんと整えられた爪
こうして一部だけを見るとやはり女性なのだと感じる
手のひらを見て、怪我がないのを確認するとそっと手を離す
汚れたタオルを桶に入れるとブーツを脱がせてベッドの横に揃えて置いた
そうしている間にハンジが毛布を彼女の体に掛ける
後は兄である彼に任せても良いか
そう思い、オルオは桶を持ちハンジへ目を向けた

「じゃぁ、俺はこれで」
「あ、待って」
「はい?」
「君、どうやってを……モブリットが抱えてきたって言ってたけど」
「そのまんまッスよ」
「まさか、を抱えたまま立体機動で……」
「はい」
「よく、そんな事が出来たね。バランスが難しいだろうに」
「まぁ……普通に出来ましたよ」

そんなに驚く事だろうか
大した事ではないだろうと思っているとハンジがじっとこちらを見つめて笑みを浮かべる
それからぽん、と肩に手を置くとニヤリと片側だけ口角を上げた

「っ……」
「君になら、任せても良いかな」
「は……?」
「んふふ。ありがとう、妹は私が看ているよ」
「は、はぁ……失礼します」

彼の笑顔に少し表情が引きつるのを感じながら退室する
静かに扉を閉めて廊下を進み、窓の前で足を止めて外へ目を向けた

「はぁ……起きなくて良かった……」

途中で目を覚ましたらどうしようと思っていたが眠り続けていた
彼女が途中で起きていたら何を話せば良いのか困ってしまう
言い逃げした状態で、それを無かった事にして話すのも不自然ではないか
だが、今日の夜は酒宴があるからそこで顔を合わせる事になるかも知れない
倒れた彼女は欠席する可能性もあるが
それでも、覚悟はしておこう
オルオはそう思いながら桶を持ち直すと負傷兵が運ばれて来たのか、騒がしくなってきた廊下の先を見て再び歩き出した

2023.03.25 up