01

私はサウンドウェーブが苦手だ
嫌いではないと思う
物静かで、主に忠実で、いつ休んでいるのかと思うくらいに仕事熱心で――
その姿勢は見習うべきものだった
でも何の表情も見せないバイザーや、他のトランスフォーマーの声を使って返答する彼に不気味さを感じる
音声を流さずに頷いたり、首を振ったりで答える事の方が多いけれど
他のトランスフォーマーが同じような仕草で答えても表情を見れば、声を聞けばその心理状況は多少は分かるだろう
楽しそう、怒っている、苛立っている、疲れている
それらを全て覆い隠すあの男が、やはり苦手だった
対してスタースクリームは好きだと思う
恋愛感情ではないが、側にいて楽しい
賑やかで煩くて、時々裏切って、不真面目だけれど面白い
くるくるとよく動く表情や、声色に全ての感情を曝け出していた
時々、余計な事まで声に出して慌てる所なんて可愛らしくも思う
やらかした後のフォローをするのも最近では慣れたものだった
もう少し大人しくしてくれたら、とは思ってしまうけれど
対照的な二体の事を考えながら偵察を終えて航空ハッチへと滑るように接近する

、トランスフォーム」

誰もいないその場所に降り立つと小さく排気をしてから艦内へと入った
自分の足音だけが響く廊下を歩いて行くと、交差する通路からビーコンが歩み出て来る
こちらに体を向けた彼がすっと頭を下げた

「お帰りなさいませ、様」
「戻りました。メガトロン様はどちらに?」
「管制室におられます」
「ありがとう」

そう言い、彼の前を通り過ぎると管制室へと歩を進める
カツカツと足音を立てて歩いて行くとやがてその扉が見えてきて緊張感に自然と背筋が伸びた
開閉センサーに触れる前に足を止めると一呼吸置いてから一歩前へと出る
機械音を立てながら開く扉を通り抜けると前方にいる二体のトランスフォーマーへとカメラアイを向けた
足を踏み出すと手前に立つメガトロンが両手を背中側で組んだままこちらを振り返る

「戻ったか、。報告を」
「はい」

そう言葉を返すと彼へと歩み寄り適切な位置で足を止めた
高い位置からこちらを見下ろす真紅のカメラアイを見上げるとぐっと喉に力を込めて口を開く

「エネルゴン鉱山を発見しました。比較的規模が大きく、採掘には時間が掛かりそうですが」
「良くやった。褒めてやろう」
「光栄です」
「座標はサウンドウェーブに送っておけ」
「はい」

言われたとおりに片手を眉間の辺りに触れると回路を開いて座標を送った
コンソールの前に立つ男は振り向きもせず、キーを叩く指の動きも止める事無くそれを受信している
その様子に僅かにカメラアイを細めて送信を終えると手を下ろして主を見上げた

「休むが良い。三時間の連続飛行は疲れただろう」
「はい。失礼致します」

そう言い、深く頭を下げてサウンドウェーブには視線も向けずに踵を返す
ああ、相変わらずだ
いつものように主人以外には興味がなく、背を向けて無言を貫く彼
姿を見るだけでスパークがぞわぞわと奇妙な波を立てる
なんて気味の悪い男なのか
はそう思いながら管制室を出ると自室へと向かって歩き出した
さすがに疲れたから今日はスリープモードに入ろうか
その前にエネルギー補給をと思ったが、エネルゴンキューブを格納している倉庫へと通じる通路は既に通り過ぎていた
足を止めて振り返るが、面倒に感じてそのまま部屋へと向かう
自室の前まで辿り着き、部屋に入ろうとしたところで背後から声を掛けられた

様」
「はい」

静かな声にマイナーかと振り向くとエネルゴンキューブを持った彼が近付いて来る
両手で差し出されたそれを見ているとマイナーがこちらを見下ろして音声を発した

「サウンドウェーブ様が、様にお渡しするようにと」
「……ありがとうございます」

青白く光るそれを受け取ると彼は一礼して前を辞した
その背に会釈をすると部屋に入って寝台へと近付く
硬いその場所に腰を下ろすと肩の力を抜いて手の中のキューブに視線を落とした
ネメシス内の監視用のカメラを全て管理しているサウンドウェーブには通路を通り過ぎた自分の姿が確認できたのか
でも、それにしてはマイナーが来るのが早かったのでは
もしかしたら、最初から見越して――なんて事を考えながらキューブに口を寄せた
液体のそれを何口か飲んだところでガンガン、と扉を叩かれる
眉間に指先触れ、遠隔操作でロックを解除すると自分と似た鋼鉄の翼を持つ男が入ってきた

「よお」
「こんにちは、スタースクリーム」
「聞いたぜ~、また鉱山見つけたんだって?」
「はい」
「すごいよな~、ちゃんは。どうやったら次々と見つけられるんでしょうねえ」
「コツがあるんですよ」
「こつぅ?」
「茶色の岩盤で、近くに水……川とか、湖があって」
「へえ」
「人間の手が迫っていない場所で、岩盤に所々黒い部分が見えれば……もっと発見率は上がりますね」
「細かいトコまで見てんな」
「まあ、探すのが仕事ですから……今日は長く飛んで疲れました。これを飲んだら眠ります」

言いながらキューブに口を付けるとスタースクリームが戸口を離れてこちらへと近付いて来た
咎める事無くその動きを目で追っていると彼は寝台――つまりは自分の隣に腰を下ろす
太股に肘をつくようにして背を丸めるとこちらの体へと視線を巡らせるのが分かった

「……何ですか?」
「相変わらず綺麗な体してんなあ」

その言葉に自分の体へと視線を落とす
細かな傷や、擦過傷の残るスタースクリームとは違い、傷は一つもなかった
表面は滑らかで艶やかに光を弾いている
カシ、と小さな音を立てて左手で右腕を摩るとは口を開いた

「ブレークダウンに研磨されるんですよ」
「へっ、お前たち兄妹は……似てるのはキレイな顔と磨かれたツヤッツヤの体だけだな」
「そうですか?」

他にも似ている部分はある、と思うのだが
内心そう思っているとスタースクリームの尖った指先がこちらへと向けられた

「お医者さんと違ってビークルモードは戦闘機だし?仕事熱心で、ご主人様に忠誠心もあって……全っ然似てねえじゃねーか」
「ふふっ……言われてみると、そうかも知れませんね」
「お前、ノックアウトに大事にされてるよなあ、頻繁にメンテナンスされてるだろ」
「そうですか?」
「普通は月に一回だっつーの」

では五日に一回の頻度で呼ばれている自分の待遇は異常なのだろう
まあ自分はリペア台に横になって、兄が色々とやっているだけだから別に構わないのだが
そんな事を考えている間にもエネルギーが満タンになり残ったエネルゴンキューブをどうしよかと考える
後で飲もうかと思ったところでスタースクリームに横から取り上げられた

「頂きっ」
「あっ。別に、良いですけど……」

半分ほど残っているが、多分彼のエネルギーを補充するのには足りてくれるだろう
そう思いながら寝台に足を上げるとスタースクリームにぶつからないように横になった
背中の翼のせいでうつ伏せか仰向けかしか出来ないのだが特に支障はない
スリープしている間、自分はあまり動かない方だから
そう思いながらキューブを飲み干したスタースクリームの横顔を眺めていると彼が口元を拭ってこちらに顔を向けた

「寝るのか?」
「はい」
「んじゃ、俺様も」

言い終えるなりなんの遠慮もなく隣に寝転がる航空参謀
思わず端の方へと身を寄せるが、壁に翼がぶつかってほんの少ししか動けなかった
小型の寝台で、幅だって一体でゆったり使える程度の物
当然、彼の背丈では足が出てしまうのだが男性にしては綺麗な線のその脚を膝を立て、更に組むようにして体を納めている

「ちょ、ちょっと……!」
「寝るだけだって。触んねーから安心しろ」
「……なら、良いですけど……狭いです」
「偶には良いだろ。俺、三時間寝るからな」
「……では、私も三時間で」
「おう」

そう言い終えてキュルッと彼のブレインが音を立てる
スリープモードに入りカメラアイが閉じられるのを見て自分もブレインを動かした
三時間に設定するのと同時に急速に意識が遠ざかっていく
起きたら、データの整理と処理をしなければ
はそう思いながら深い眠りの中へと落ちていった




キーを叩く指を止めて、一つのカメラ映像に意識を向ける
ネメシスの艦内にはありとあらゆる場所にカメラが取り付けられていた
ビーコンとマイナーの待機場所やエネルゴン倉庫に空き室、そして幹部の各部屋にメガトロンの私室まで
全てにおいて死角の無い配置になっていて管理をするのは自分の仕事でもあった
普段は一秒毎に切り替えて異常が無いかを確認するのだが、今は一つの部屋で映像を止めている
何故、彼女の部屋にあの男が
寝台に並んで腰掛けて幾つか言葉を交わし、キューブを取られて可笑しそうに笑うと身を横たえた
それから、エネルギー補充を終えた男が彼女に声をかけて、その隣に横になって
突き飛ばして床に落としてしまえば良いものを彼女は僅かに壁の方に身を寄せるだけに留まった
それから二体並んでスリープモードへと入って
背中の翼や、無造作に伸ばされた互いの腕や手が触れ合っていて――
ジリッとスパークが奇妙な音を立てたのを聞いたところで背後から声を掛けられる

「どうした、サウンドウェーブ」
「……」

主の言葉に反射的に振り返ると首を振った
自分にしては長く動きを止めた事を不審に思われたのだろう
だがメガトロンはそれ以上追及する気はないようでパネルへとカメラアイが向けられた

「……は」
「……」
「我の為によく働く。お前のようにな」
「……」
「だが、お前たちは互いによそよそしい、言葉を交わす事も稀だ」
「……」
「我に忠実であるのは喜ばしい事だ。だが……二体の距離がもっと近くなれば我としては良いのだがな」
「……」

その言葉にサウンドウェーブは戸惑いを隠してこくりと頷く
自分は彼女を避けている訳では無い
逆に、が自分から逃げているのだ
逃げている、というのは正しくはないだろうが――
自分を見ようともせず、必要以上に言葉を交わさず
クールな女性だと思っていたが、他の者とは楽しそうに交流していた
特に、先ほど見たスタースクリームとは親密に
あそこまで近付く事をあの男には許すのだ
サウンドウェーブは何故か苛立ちを感じ、体の側面に下ろした腕の先でぐっと指を握るとコンソールへと向き直る
主の命令、というほど強い言葉ではないが望むのならば自分もとの距離を縮めなければ
どうしたら彼女に近付く事が出来るのかをブレインの片隅で考えながらパネルに表示される文字列へカメラアイを向けた

2023.09.14 up