02

カシャ、と足を前に踏み出すとぽたたっと青い雫が二滴、地面へと落ちる
脇腹や肩や腕、そして脚に走る痛みに顔を歪めると深く排気をした
エネルゴン鉱山でマイナーからの報告を聞くのはいつもの事
どれくらい採取したか、深さはどこまで到達したか、埋蔵量はどれほどか
いつもと変わらない、作業内容だった筈、なのに
ディセプティコン反応でも捉えたのか、その場に現れたオートボットと乱戦になって損傷を負ってしまった
採掘作業をしていたマイナーは全て撤退させたが、残った自分には攻撃が集中する
さすがに三対一では分が悪かった
容赦の無いプライムだと思いながらも何とか鉱山からビークルモードで飛び出してきたが、今自分がいるのは見知らぬ森の中
ネメシスの高度までは上がれずに鉱山から二十キロほど離れたこの場所で力尽きてしまった
脇腹から流れるエネルゴンを手で押さえながら側の木に背を預ける

「はあっ……うっ、いったぁ……」

痛みに排気が乱れて無理な飛行で機体温度も上昇していた
トランスフォームは出来るが、高度を上げられなければネメシスに戻るのは無理だと思いゆっくりと膝を折る
それから地面に腰を下ろすと左手の指先を通信回路に触れた

「……、――っ」

管制室にいるでろう情報参謀の名を口にしとようとしたところでズキッと酷い痛みが脇腹に走り意識が遠のく
指は勝手に回路から離れてぐらりと体が傾いて
カメラアイが森林から地面を映したところで草木が色を失い、そして何も見えない真っ暗な状態になってしまった
エネルゴンの流出のせいかカメラアイは瞬いても何も映してくれない
通信を入れようにも右腕も左腕も損傷していて動かすのが億劫だった
少し休んでから、と思ったがこんな場所にいてはオートボットに見つかるか
そんな事を考えているとヒュインと涼やかな音がすぐ側で聞こえた
カシャ、カシャと静かな足音が聞こえて自分のすぐ側で途切れる
頬を撫でられ、それから背に何かが触れて地面と接している方の肩を掴まれた
同時に膝裏も抱えられて静かに持ち上げられる
その薄っぺらい感触に無人偵察機をスキャンした情報参謀の姿が思い浮かんだ

「……サウンド……ウェーブ……」

名を呟くが、当然ながら返答はない
普段通りの彼には熱を持った排気を漏らすと何も映さないカメラアイを閉じた




「おーはようございまーす」
「……おはようございます、兄さん」

意識が戻って真っ先に見るのが闇医師である兄の顔とは
まあ、リペアを受けていたのだからそれは当然なのだろうけれど
相変わらずの美男子だと思いながら視力が戻った事に安堵していると彼が横にあるパネルを見ながら口を開いた

「右肩、左腕、左脇腹に右太股と左膝下の損傷。三時間掛かりましたよ」
「お疲れ様です」
「カメラアイは見えていますか?」
「はい。……見えるようになりました」
「エネルゴンの流出が多くて一時的に視覚障害になっていたようです」
「そうでしたか」

やはりカメラアイが見えなくなったのはそのせいか
内部での損傷ではなくて良かった
そう思っていると兄がカタカタとキーを叩き、それからこちらへと向き直る

「まだリペアの途中ですから動かないでくださいね」
「……メガトロン様に報告が……」
「マイナーがしてくれましたよ。サウンドウェーブがレーザービークを飛ばしていたので場所の特定もすぐに出来ました」
「レーザービーク?」

普段は情報参謀の胸に収まっている小型偵察機
あれを飛ばしていたのかと思っているとノックアウトが小さく笑った

「あなたが任務に出る時はいつも飛ばしています。……気付かなかったんですか?」
「……チクリ魔に監視されるのは、気分の良いものではないですね」
「同意します」

いつだったか、誰かがサウンドウェーブの事をチクリ魔と言っていたのを思い返す
主に忠実である彼は誰かが怪しい動きなどを見せるとすぐにメガトロンへと報告していた
まあ、それは主にスタースクリームなのだけど
でもまさか自分も監視を受けていたなんて
しかも、今回だけではなく任務に出る時は必ず――
どうしてだろうと思っていると兄がこちらの体を挟むようにしてリペア台に両手を触れて顔の距離を詰めた
整った顔がカメラアイ一杯に映り、カシャリと瞬く
スパークの繋がりが無ければ、見惚れたりするのだろうか
誕生した時からずっと側にいる自分にはもう見飽きた顔だけれど
とはいえ、綺麗な顔立ちだなと思っていると彼が口を開く


「はい……?」
「もう、あのように酷い損傷は受けないようにしてください」
「……相手があの三体だったので……」

オプティマスとバンブルビーにバルクヘッドを相手にしてはあれくらい壊れるのも仕方が無いだろう
司令官に、身体能力に長けた少年兵、そして重量のある攻撃を繰り出す巨漢なのだから
避けるばかりではなく、足止めに攻撃をしなければならないし
そんな事を考えているとノックアウトがカメラアイを細めた

「さっさと逃げたら良かったでしょう」
「マイナーを見捨てられません」
「はあ……全く、それであなたが機能停止にでもなったら……私はどうしたら良いのですか」
「使える部品を抜いて、他の方のリペアに――」
「しませんよ、そんな事は……動かないと承知の上で元通りにして……この部屋に飾ります」
「……悪趣味」
「美しいものは手元に置いておきたいのですよ」

言いながら指先でこちらの頬を撫でる
くすぐったいと思っていると兄が上体を起こしてパネルの方へ顔を向けた

「あと一時間、そうしていてください。コードは勝手に外れますから、終わったら部屋に戻っても良いですよ」
「はい」
「明日は研磨です。その傷だらけのボディを美しく磨き上げます」
「お願いします」

そう言うと兄は綺麗に微笑んでリペア室を出て行く
その姿を見送ると僅かに身動ぎをしてリペアされた部分に残る熱に眉を寄せた
ぼんやりと天井を見上げているとカシュッと音がしてカメラアイを正面にある扉の方に向ける
入ってきたトランスフォーマーの姿にリペア台に触れている指先に僅かに力をこめた

「……」

無言のまま歩み寄ってくるのは情報参謀のサウンドウェーブ
彼は側で足を止めるとじいとこちらを見下ろした
そう感じただけで、何処を見ているのかは分からないが

「……」

何か言ってくれないととても居心地が悪い
さっさと部屋に戻りたいところだが、まだリペアの途中だし
そう思いながら彼が立つのとは反対方向に顔を背けると、サウンドウェーブがゆっくりと右腕を上げた
その先の細い指で頬に触れると顔の向きを戻される

「っ……」

森の中で回収された時を除いて一度も自分に触れる事は無かったのに
何だと思っているとぐぐっと顔が寄せられた
艶々としたバイザーの表面に自分のカメラアイの光が反射するのを見ているとそこに波状の線が表示される

「”無事で良かった”」
「っ……ありがとう、ございます。迎えに、来て頂いて……」

メガトロンの声で発せられた音声
あの冷徹な主が、そんな言葉を発した事があるのか
驚きながらも視線を逸らしてそう言葉を返した

「””」
「?……」
「……」
「?」
「”何故””俺””避ける”」
「避ける……?」
「”奴と””親しい”」

今まで、こんなにも彼が音声を流すのを見たことがない
驚きながらも”奴”とは誰の事かなのかと考える
サウンドウェーブよりも親しいのは沢山いた
スタースクリームも、兄であるノックアウトも、ブレークダウンも
メガトロンだって言葉を交わす機会は多くあるし、ビーコンやマイナーも含めるのならばその数は膨大だろう
困っていると彼が再び音声を流した

「”俺様だ!”」
「……スタースクリーム?」

聴覚センサーに触れた、聞き慣れた声で相手を特定するが、考えてみると確かに彼とは親しいかも知れない
でもそれは本当に、自分もスタースクリームも互いに友愛でしかないのだけど
彼がよく喋るからそれに答えるだけなのだが傍から見れば親しく見えるのかも知れない

「”何故”」
「……彼は、賑やかで面白いので……」

あなたとは正反対なのだということが通じただろうか
そう思い、腹部に触れる手の指先に僅かに力を込めた

「サウンドウェーブ。あなたを……避けているつもりは、ありません」
「”避けている”」
「……」
「……」

自分の行動は、相手からしてみれば避けていると思われても仕方がないだろう
言葉を交わす事は殆ど無いし、通路ですれ違っても互いに何も言わない
サウンドウェーブの姿をあまり見ないように、視線を逸らす事すらあったのだから
はそう思い、僅かにカメラアイを細めると口を開いた

「あなたが……何を考えているのか分からない。私が管制室に行っても、振り向こうともしない。何も言わない」

壁を見たまま一気にそう言い――言い過ぎたと、後悔して――一度排気をしてから言葉を続ける

「……静かな人だとは分かっています。でも、静か過ぎて……接し方が分からないだけです」

「……」

こちらの言葉に、やはり彼は無言のまま
ゆっくりと手を離すと傾けていた上体を起こした
じっと見つめられている気配がするのだが、やはり表情が見えなくて何を考えているのか分からない
両手の指先を腹部の上で無意味に何度も組み直しているとサウンドウェーブがようやく自分から顔を背けた

「……」
「……私が、任務に出る時に」
「……」
「レーザービークを、飛ばしているそうですね。そんなに、信用できませんか?」
「……」

管制室を離れられない彼がいつも胸に付けている小型偵察機
気付かなかったが、毎回自分が地球に降りる時には付け回されているらしい
ただただ真面目に任務を全うしているだけなのに

「メガトロン様を裏切ろうとしたことは一度もありません」
「”そうではない”」
「?……」
「”心配”」
「心配……?」
「”無理をする”」
「そんなつもりはありません」
「”今回””危なかった”」
「それは、そうですが……」

今日の彼は本当によく喋る
いや、本人の声ではないのだけど――
普段は本当に無口でメガトロン相手ですらバイザーに表示されるものを見せたりする程度なのに
必要な時は、使える音声を繋げて今のように流すけれど
こんな風に接してくれたらここまで苦手にはならかっただろうに
はそう思い、リペアを受けて熱を持つ脇腹部分の装甲を指先で摩った

2023.11.05 up