03

「””」

名を呼ばれて装甲を摩る指の動きを止め、カメラアイをサウンドウェーブへと向ける
顔を背けたままの彼は艶やかなバイザーにパネルを反射させながら音声を流した

「”失うのは””惜しい”」
「……」

その言葉に何と答えて良いのか分からず一度開いた口を閉じる
無言でその横顔を眺めていると彼がゆっくりとこちらに顔を向けた

「”お前と””近付きたい”」
「!……」
「”明日は休め””メガトロン様””命令”」

言い終えるのと同時にくるりと扉の方へ体を向けて歩き出す
その体格に似合わないくらいの静かな足音でリペア室を出て行くサウンドウェーブ
開いた扉が閉じて、再び天井を見つめていると五秒ほど間を置いて再び扉が開いた
兄が戻ってきたのかと思ったが、聴覚センサーに触れた音で違うと分かる

「よお、調子はどーだ?」
「……あまり、良くはないです」

情報参謀からの予想外の言葉で少しブレインが混乱していた
情報処理機能が鈍くなり、キュルキュルと音を立てるのを聞いていると来訪者――スタースクリームが歩み寄って来る
コツコツと響くのは高くなっている彼の特徴的な踵の音
仰向けになっている自分の視界に彼が映ると自然と口元が綻んだ

「大丈夫か?」
「はい……なんて顔をしてるんですか」
「はあ?いつも通りの色男だろうが」
「眉が下がって、口を曲げて……泣きそうですよ」
「んなわけあるかっ!……って、まあ、心配はしたけどよ」
「すみません」

彼から感じるのはやはり恋愛抜きの友愛感情
形は多少違えど同じ戦闘機のビークルモードに姿を変えるトランスフォーマーだからスタースクリームも他の相手よりは気に掛けてくれているのだろう
そう思っていると彼がリペア台に左手をつき、僅かに首を傾げた

「明日は休みだって?」
「はい。兄に研磨されるそうです」
「へっ。じゃ、それから二日続けて休んどけ。三連休だ」

その言葉に聞き間違いかとカメラアイを瞬く
するとスタースクリームがにやりと笑って言葉を続けた

「航空参謀様の言う事を聞いとけ。メガトロン様には俺から伝えとく」
「ですが……」
「お仕事だーい好きなお前に休めなんて言う俺様って酷いやつだと思わねえ~?」
「……本当に。……ありがとうございます、スタースクリーム」

こちらの言葉に彼が頷き、右手が差し出される
握られているエネルゴンキューブを見てそっと両手で受け取った
それを口元に寄せて一口、ゆっくりと飲み込む
多量に流出した分、兄によって補充はされているが満タンには程遠い状態
持って来てくれて良かったと思っていると彼がパネルへと顔を向けた

「リペアが終わるまで……あと四十七分か」

そう呟くと、両手を細い腰の後ろで組んでコツコツとリペア台の前を歩き出す
正面で足を止めるとくるりとこちらに体を向けた

「んじゃっ、それまで俺様の自慢話を聞かせてやろう」
「ふふっ……自慢できることがあるんですか?」
「た~くさんあるぜえ?一つずつ話してやるからちゃ~んと聞いてろよ?」
「はい」

じっとしているのが暇で仕方がなかったのだが、彼もそれを承知の上で付き合ってくれるのだろう
嘘なのか本当なのか分からない話を面白可笑しく語り始めるスタースクリームとそれを聞いて笑う自分
そんな様子を管制室へと戻るサウンドウェーブがジャックした監視カメラでずっと見ていたなんて、知る由もなかった


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


メガトロンとスタースクリームから与えられた三日間の休み
毎日様々な任務をこなしている身にとって、それはとても嬉しいものだった
初日は兄が言った通りに全身を研磨されて装甲は傷一つなく艶々になっている
リペアした部分に問題がないかも確認されて一日が終わり、今日は二日目なのだが何をして過ごそうか
いつもは出来ない事を、と思っても特に何も思い浮かばなかった
普段から空いている時間は本を読んで過ごしているから全て既読の状態
スリープは思う存分してしまったし、処理を任されたデータも無く――
どうしようと思いながらは寝台に横になりぼんやりと天井を見上げていた
話し相手になってくれるスタースクリームはブレークダウンと任務に行ってしまっている
兄は溜めに溜めた仕事を三日以内に片付けろと言われて部屋に引きこもっていた
となると、残るはメガトロンかサウンドウェーブなのだが、彼らとくだらない話をする訳にはいかない
特に情報参謀とは顔を合わせ難かった
近付きたい、と言われたがどうしたら良いのか分からない
今まで仕事以外では一切関りが無かったのだから
それに彼は今日もいつも通りにコンソールの前で膨大なデータの処理をしているだろう

「……ビーコンの手伝いでもしようかな」

なんて呟いてみるが、自分がそう言い出ても彼らがさせてくれる訳が無かった

「はあ……」

もう部屋でぼんやりしているのも限界で、仕方なく起き上がると寝台を下りる
扉に近付くとセンサーにより自動で開くそれから廊下へと出た
右を見て、左を見て
当然ながら誰の姿も見えず、動力の低い音しか聞こえてこない
十秒ほどその場に留まっていたがくるりと右へ体を向けると廊下を歩き出した
どこか遠くから聞こえてくるのはビーコンかマイナーの足音だろう
静かな歩き方に自然と量産型の彼らの姿を思い浮かべながら歩を進めてたどり着いたのは航空ハッチだった
今、ネメシスは地球の上空を飛行中で、眼下には海が広がっている
見回してみると人間が乗っているのか小さな船が航跡を引きながら何処かへ向かっているのが見えた
向こう側からは防御シールドでネメシスは見えないのだろう
そう思いながらぼんやりと見送り、羽ばたいていく海鳥が横切るのを待ってから口を開いた

、トランスフォーム」

そう呟いてビークルモードへと姿を変えると戦闘機特有の轟音を響かせてその場を離れる
現在の位置を確認すると陸のある方角へと機首を向けた
人間が使っているレーダーに感知されないように妨害電波を発しながら街の上空を飛び、あてもなく彷徨う
だが人間の住処の上を何度も往復する訳には行かず、、街を離れると荒野の適当な場所へと下りた
ロボットモードへと形態を変えると空を見上げて小さく排気を漏らす

「戦闘機って、結構不便かも」

なんて、こんな事を言ってはスタースクリームが怒りそうだけれど
破壊なんてしないから人間が住む街を間近で見てみたい
でもオートボットとは違い、このビークルモードではそれもままならなかった
兄やブレークダウンが少し羨ましいと思いながら手近な岩に腰を下ろしたところでその影にいる人間に気付いてしまう
彼らはこちらを見上げたまま固まっていて――見覚えのある少女の顔に、オートボットの保護対象である三人だと分かった
互いに無言のまま見つめ合ってしまったがふいと顔を背けると背後の岩に寄り掛かる
背中の翼が僅かに軋む音を聞きながら木々の枝の向こうに広がる空を見上げた
真っ白な雲が流れていくのを見送り、柔らかな風が吹き抜ける気持ち良さにふうと小さく排気する
さわさわと葉が触れ合う音が聴覚センサーに触れるのも結構良いもので、暫くここで時間を潰すのも良いだろうと思った
でも、この場所に人間がいるという事は近くにオプティマスやらバンブルビーがいるという事で
二日前に碌に飛ぶ事も出来ないくらいに手酷くやられたのを考えるとすっくと立ち上がった
人間には関わらないのが一番だろう
特にこの子どもたちにはと思い足を前に踏み出しながら口を開く

、トランス――」
「待って!」

さっさとこの場を離れるべき、とトランスフォームしようとしたところで聞こえた女の子の声
は口を閉じるとカメラアイを動かしてちらりと彼女を見た

「……」
「ねえ、あなたっていう名前なの?」
「ちょっと、ミコ!」
「バルクヘッドに何かあったらすぐに逃げろって言われたよ!」

どうやらこの女の子は好奇心が旺盛のようで
二人の男の子が必死に岩陰に引っ張り込もうとしているのを軽くあしらうと全身が見える位置へと上がってきた

「あたし、ミコっていうの」
「……そう。初めまして、ミコ」
「初めまして!ついでにこっちがジャックで、こっちがラフね」
「ああ、もう……」
「……」

敵対する勢力に所属する自分を前に当然のように身構える男の子二人
いつもミコに振り回されているのだろうなと思いながらは小さく排気した
それにしても人間という生き物はとても小さいのだなと彼らを見下ろしていると背の低い方の男の子――ラフが口を開く

「……攻撃してこないの?」
「ええ」
「どうして?」
「今日は休みだから」
「休み?」
「そう、昨日から明日まで」
「へえ……三連休なんていうのもあるんだね」
「初日はメガトロン様に。残りの二日はスタースクリームが休むように言ってくれたから」
「「「…………」」」

こちらの言葉に彼らが”本当に?”とでも言いたそうな顔で目を瞬いた
もし聞かれたとしても真実なのだから頷く事しか出来ないのだけれど

「あの……君って、誰かに似てない?」

沈黙を破るようにしてそう口にしたのは背が高い方のジャックという名の男の子
は僅かに首を傾げると顔を近付けるようにして腰を曲げて膝に手を触れた
近くなる距離に僅かに身を後ろに引くが逃げ出そうとする様子は見られない
この三人はなかなかに度胸があると思いながらは声を掛けた

「似ている?」
「顔立ちが……そうだ、ノックアウトに似てる」
「メディックノックアウト?……似ているでしょうね。兄妹だから」
「っ……そうなんだ。綺麗な顔だと思った」
「そう?……妹としては恥ずかしい兄だけど」

いつも仕事をサボってばかりだから
リペアの腕は良いのだけれどあのサボり癖はどうにかならないだろうか
メガトロンももっと兄に厳しくしてくれたら良いのに
そう思いながら一度カメラアイを瞬くと彼らを見て口を開いた

「オートボットの側にいるのは楽しい?」
「もちろん。皆、すごく良い人だもの」
「そう」
「オートボットの事は嫌い?」
「……嫌いではないけど……少し、苦手。一昨日はネメシスに帰れなくなるくらい壊されてしまったから」

こちらの言葉に顔を見合わせて無言になる三人
仲の良いオートボットのメンバーの悪口――というのは違うだろうが――なんて聞きたくはないのだろう
自分も敵対しているとはいえ、他を貶めるような事を言うのは嫌だった

「当然よ。敵同士だから」
「でも……君は優しい人だよ」
「まさか」

ラフの言葉に、何を言っているのかと思いながら背筋を伸ばすと聴覚センサーに触れた音に背後を振り向く
重々しいが、敵方の司令官とは違うこの足音は――と思ったところで岩を回り込むようにして姿を現したバルクヘッド
子どものすぐ側にいる自分を見て大慌てでアームズアップをした
正しい判断だと思いながらも、自分はこの子たちに危害を加えようとは微塵も考えていないのだがと少しだけ困ってしまう
空に逃げればオートボットは追っては来れないか
そう思い、トランスフォームをしようとして――続いて現れたトランスフォーマーの姿には動きを止めた

2024.03.03 up