01

星が浮かぶ空に幾筋もの黒煙が立ち上る
その向こう側を脱出するポッドの光が見え隠れしながら遠ざかって行った
ディセプティコンの総攻撃で連日、ずっと戦い続けた体は疲れ切っている
手首に収納されたままのブレードは折れていて使い物にならなかった
ブラスターはまだ撃てると思うけれど――
もう少し、あと少しだけ戦えるのに司令官に撤退命令を出されてしまった
既に星全体が戦闘区域になっている
その上で撤退、という事は故郷を捨てて宇宙へ逃げろという事だった
行き先も決められず、散らばるように飛び立つ脱出ポッド
抱えられていた腕から下ろされ、残っているポッドの一つに乗せられると漸く自分をここまで連れて来たトランスフォーマーへと顔を向けた
カメラアイが合うと彼がほんの僅かに笑って見せる

「ここまで来れば大丈夫だ」
「あなたは……まだ、ここに居るの?」
「こっちは撤退命令が出てねーからな」
「でも、この星はもう――」

と、そこまで口にしたところで自分が乗せられているポッドに衝撃を受けた
すぐさま外に立つ彼が片手をアームズアップして撃ち返す
自分を攻撃した、という事は撃った相手は彼の味方だというのに
なんて事をするのかと思っていると彼が短く排気してポッドの縁に両手を触れた
そのまま身を乗り出すようにして顔を近付け、カシャと小さく音を立てて唇が重ねられる
間近にあるカメラアイに自分の姿が映っているのが見えた
ほんの数秒で顔を離すと彼が右手で内側に付いている操作パネルに触れる
角度的に見えていないだろうに器用に、間違いなくキーを叩くと素早く腕を引いた
声を掛けようとしたが、下からスライドするようにしてハッチが閉まってしまう
同時に離着までのカウントダウンがパネルに表示された
少ないそのカウント数を見て顔から胸の辺りまで取り付けられている強化ガラスに両手を触れる

「あなたも早く――」
「俺のことは忘れろよ」
「え……?」
「今までの事は全部忘れて、次に会った時は敵同士だ。……楽しかった……生き残れよ」

赤い光を灯すカメラアイを細め、笑ってそう口にする彼
数歩後ろへと引く姿を見たのを最後にポッドが射出され、瞬く間にその姿が遠ざかってしまった

「忘れる、なんて……」

どうしてそんな事を言うのか
信じられない気持ちで彼を見つめていたが、ポッドが離れるに従って黒煙の向こうへと隠されてしまう
高くなる視界から滅びゆく故郷の様子がカメラアイに映った
いつか、またこの場所へ帰って来ることは出来るのだろうか
慣れ親しんだこの星を復興させて、また彼と共に――
年若いトランスフォーマーはその日が来ることを願いながら、見えなくなるまでずっと故郷の星を見つめていた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


巨大な岩山の中に造られたオートボットの基地
人間の協力者はいるが、それ以外の人にはロボットモードの姿を極力見せることはない
自分たちの戦いに巻き込まない為に――なのだが、現在は三人の人間が出入りするようになっていた
エイリアンである自分たちを受け入れて、友人になってくれた子どもたち
彼らは今日もゲームで遊んでいたり持ち込んだパソコンを弄っていたり
少し離れた部屋からは爆音で音楽を流す音が僅かながらに聞こえていた
ラチェットが煩いからと防音処理を施してくれたから初日のような騒がしさは感じない
この地へ留学してきたという日本人の少女
彼女はパートナーであるバルクヘッドと爆音で音楽を鳴らして踊ったりギターという楽器を弾くのが好きらしい
自分はあまりの音量に聴覚センサーが壊れてしまいそうだから参加した事はないけれど
そう思いながら自分のパートナー――ラファエル・ジョージ・ゴンザレス・エスキベルという名の少年だがラフと呼ばれている――が弄るパソコンの画面を背後からじっと見つめる
彼は今日も真面目に勉強をしているようだ
自分としては、ゲームで遊ぶかドライブに行きたいのだけど――と思ったところで送り込まれた信号にビクリと肩が揺れる
同時に両腕で頬杖をついていた手のひらから顔を浮かせるとその音に気付いてラフが振り返った

「バンブルビー?」

どうしたの?というように首を傾げる彼
名を呼ばれるが送られる信号に驚いて言葉を返す事は出来なかった
カメラアイを見開いたままの自分にラフも困ったのかコンソールの側に居る司令官へと声を掛ける

「オプティマス、バンブルビーが」
「どうした」

キーに触れて何か作業をしていたがすぐに中断して側に来てくれるオプティマス
彼が間近に来たところでバンブルビーは漸く体を動かす事が出来た
司令官の方へと体を向けると今起きた出来事を伝える

『(今、ポッドの信号を受信したんだ)』

昔、故郷の星での戦いの中でディセプティコンに捕らわれ、メガトロンに尋問を受けた際に壊されたボイスボックス
修復不可能な為に声を出す事は出来ないが代わりに電子音で会話をしていた
トランスフォーマーには難なく理解できるが人間には音にしか聞こえない
だがラフにだけはこちらの言っている事が理解できていた
普通に話せたら、と思う事はあるけれど――

「ポッド?脱出ポッドか」
『(うん。受信したのは僕だけ?)』

その言葉にオプティマスが周囲を見回す
視線の先でアーシーとラチェットが揃って首を振った
バルクヘッドはと思ったが、信号を受信していたらこちらへと来ているだろう
それらを見て司令官が自分の方へと向き直った

「場所は分かるか」
『(分かるよ。……少し、遠いかな)』
「グランドブリッジを。バンブルビー、座標を打ち込んでくれ」

彼の言葉に頷いてグランドブリッジの操作盤へと歩み寄る
送られて来る信号は強くなったり弱くなったり
不安定で消えてしまいそうだと思いながら手早く座標を打ち込んでレバーを引き下ろした
同時にフロアの片隅に並ぶ鋼鐵の輪の中に淡く緑色に輝く光が現れる
それを見てオプティマスが歩き出すのを見て自分もその後に続いた
アーシーも一緒に来て、三体ならば大丈夫――と思ったところで子どもたちまで入って来てしまう
まぁ、今日はディセプティコンと戦う事は無いから危険はないだろうけれど
そう思い、渦を巻く光の中を歩いて行くと視界が歪み、それから葉擦れの音が聴覚センサーに触れた
カメラアイを瞬くと周囲が木々に囲まれているのが分かる
心地良い風が吹き抜けて思わず排気したところでオプティマスがこちらを振り返った

「あの辺りか?」

指示された場所は崖の真下
崩落があったのか乾いていない土が露出していて、今もカラカラと小石が落ちていた

『(そう、だと思う)』
「崩落の衝撃でポッドが作動したのかしら……掘り出さないと」

アーシーの言葉に頷き、子どもたちには少し離れているようにと声を掛ける
ラフが頷き、もう一人の男の子――ジャックに通訳してくれるのを見ながら崩落現場へと歩み寄った
この場に女の子――ミコ――が居なくて良かったと思いながら転がっている岩をごろりと転がす
あの子は好奇心が強くて危険な場所でも近付いてしまうから
そんな事を考えながら次の崩落が起きないか、崖の方を気にしながら岩や土を避けていると指先に硬質な物が触れた
手のひらでその部分に被る土を避けると見覚えのある金属が現れる

「見付けたか」
『(うん)』
「……あの星でギリギリまで戦っていたトランスフォーマーだわ」

アーシーが足元の岩を転がし、見えたポッドの表面を見てそう呟いた
そこへカメラアイを向けると攻撃を受けた際に生じたであろう軽微な損傷が見える
通常であれば着陸した後、自動でハッチが開く仕組みなのだがこれのせいで作動しなかったのか
中では誰が眠っているのだろう
もしかしたら――という期待を抱いて三体でポッドに乗る岩を避けた
大きな岩をオプティマスが避けてくれて漸く強化ガラスの部分が露になる
自分のスパークがパチパチ鳴るのを聞きながらそろりとその部分を覗いてみた
長くこの場で放置され、表面が薄汚れているが中を見る事が出来る
眠っているのは真っ白な体のトランスフォーマー
自分よりも年下で、アーシーよりも小柄な彼女は見間違える筈もなく――

『()』
「ああ、だ」
「良かった……生きていたのね」

そんな言葉を交わしていると少し離れた場所から声を掛けられた

って?」
「その中にトランスフォーマーが入ってるの?」

ラフとジャックにそんな声を掛けられるが、自分は眠っている彼女に夢中で言葉を返せなかった
代わりにオプティマスが彼らの方に顔を向けて頷く

「ああ。彼女はオートボットで私の側でずっと戦ってくれた。最後の最後まで。そして……」

言いながら彼の大きな手が自分の肩に触れる

はバンブルビーの妹だ」
「妹!?」
「っ、そうだったんだ……良かったね、バンブルビー」

その言葉にコクコクと頷くとオプティマスを見上げた
声を掛けようとしたが、察したのか彼がこちらの体から手を離すとポッドを持ち上げてくれる
自分でも持ち上げられるけれど、体の大きなオプティマスの方が安定して運べるだろう
子どもたちに戻るよと促すと彼らが足早にグランドブリッジの方へと向かっていった
その小さな背中から脱出ポッドへとカメラアイを向ける

妹に会うのは何年振りだろうか
自分の事を認識できるだろうか
ああ、ここでの生活の仕方を教えないと
どんな乗り物をビークルモードに選ぶのか

色々と考えているとアーシーが隣に並んだ

「良かったわね」
『(うん)』
「彼女、あなたと一緒に最後までオプティマスの側を離れなかったもの。……脱出が間に合わなかったのかと思っていたわ」
『(何回も先に行けって言ったんだけど……最後は腕を引いて走ったんだ。途中で、逸れちゃったけど)』
「ふふっ。お兄ちゃんに似て無茶なことをするんだから」

そう言われて、何も言い返せずに口籠る
自分にも覚えがあって、何度かオプティマスに諫められているから
少し眉を寄せるとアーシーの手がぽんと肩に触れた
そのまま押されるようにしてグランドブリッジへと入るとオートボットの基地――オメガワンへと戻る
視界が歪んで次に見えたのはメインフロア
先を歩いていたオプティマスが脱出ポッドを床に置き、ラチェットがその側へと歩み寄った

「誰だ?」
だ」
「あの子か……懐かしいな」

言いながら硝子部分から中を覗き、眠っている彼女を見る
それからポッドの側面に触れると操作パネルを露出させた
カタカタと何かを打ち込み、不意に動きを止めると考えるように腕を組む

「どうしたの?」

ジャックに声を掛けられてカメラアイだけを彼へと向けた
何か問題が――と思っているとラチェットがゆるゆると首を振る

「いや、パスコードが……バンブルビー、分かるか?」
『(やってみるよ。何桁?)』
「九桁だ」
『(九……)』

一体何の言葉をキーにしているのか
妹の好きな物とかを思い返しながらラチェットの側に行くと操作パネルへカメラアイを向けた
右手を触れようとして少し迷わせる
色々と考えてからサイバトロン言語である言葉を入力した
最後に傍らにある緑色のキーに触れるとピピッと音がして僅かに蓋が浮き上がる

「わ、一回で開いた」
「凄いよ、バンブルビー。なんて入力したの?」
『(僕の名前)』
「え、バンブルビーだったの?」

ラフの言葉に頷くと、その隣でジャックが笑った

「お兄さんの名前をキーにしてたんだ」
「仲が良いんだね」

そんな会話を聞いているとポッドからシュウゥと白い気体が溢れる
ほんの少しだけ、懐かしい故郷の匂いがしたような――
気のせいかなと思ったところでゆっくりと足の方へ向かってハッチがスライドした
故郷から脱出する時を最後に会っていない妹
無事に起動してくれるだろうか
バンブルビーはそう思いながら彼女のカメラアイに灯る弱々しい青い光を注視した

2023.09.14 up