02

カメラアイに映るもの全てがぼやけて見える
それに、酷くだるくて手足が重たく感じられた
ずっと眠っていて、久しぶりに起動するからだろうか――と、思ったところで頬に何かが触れる
視界が白っぽくなったり暗くなったり
それが落ち着いて、高い天井が見えたところで視線を動かした
見えたのはこちらを見下ろす鮮やかな黄色の機体のトランスフォーマー
頬を撫でるその姿をカメラアイに捉えると発声回路を動かした

『お兄、ちゃん……?』
『(うん。久しぶり)』

メガトロンの尋問によってボイスボックスが壊された兄
電子音でそう返されるのを聞いて少しだけ視線を動かした

『ここ、は……』
『(地球っていう星だよ。今はここを拠点にしているんだ)』
『地、球……』

長く眠っていたせいか上手く話す事が出来ない
それに、全身の関節も強張っているようだと思っていると兄――バンブルビーが背に腕を差し入れて体を起こしてくれた
少しふらつくが、なんとかバランスを取って座る姿勢になる
見える景色が変わり、自分の周囲に他のトランスフォーマーが居ることに漸く気が付く事が出来た
その中でも大きな機体のトランスフォーマーにカメラアイを留めると自然とその名が口から洩れる

『オプティマス……!』
「ああ。君が……『君が生きていてくれて良かった』」

名を呼ぶと彼が別の言語を口にして、それからサイバトロン言語に切り替えて返事をしてくれた
最初の言語は何処のものなのだろうか
聞いたことがないと思っていると物音が聞こえてそちらへ意識を向けた
するとラチェットがコンソールからコードを引っ張り出しているのが見える
視線が合うと彼が手にしたプラグを軽く持ち上げて口を開いた

、まずはプログラムを流す』
『ラチェット。プログラムって……?』

首をこて、と傾けて聞くと彼が小さく笑って左手を軽く上げた

『まずはこの星の言葉だ。さっき、オプティマスがちょっと喋っただろう。この星にはいくつもの言語があるが、そのうちの一つの英語という……人間と話すのに必要なんだ』

言いながら片手で兄の足元辺りを指し示した
そこに何かあるのだろうか
そう思い、ポッドの死角になっているその場所を覗くように少し身を乗り出して床の方を見てみる
するとそこにはとても小さな、見た事のない生物が二つ並んで立っていた
カメラアイを瞬くとその二つの個体が微笑んでヒラヒラと手を振ってくる
それに驚いて体を引くと、兄の方へと身を寄せた

『な、なにあれ、小さい』
『(怖がらないで、良い子たちだから。人間はとても小さいんだ。この子たちはまだ子どもだから……大人はもう少しだけ大きいかな)』

人間、という生物なのか
小さいのは子どもだからで、でも大人になってもそう大きくはならないらしい
そう理解するとコクコクと頷いて改めて人間を見下ろした
頭部を覆う細く、ふわふわしているのは何なのだろう
どちらも違う色味だが、地球人は多彩な色を持つのだろうか
何か話をしているようだが自分には理解できない言語で――と思っているとラチェットに首の装甲を開かれてプラグを差し込まれた

『すぐに終わるから動かないでくれよ』
『はい』

言われた通り、兄に寄り掛かったままじっとしているとブレインにプログラムが流される
キュルキュルと音を立てながら膨大な量のそれを受け入れた
一分ほどでプログラムが終了すると首から自然とプラグが抜け落ちる
カシャ、とカメラアイを瞬くとバンブルビーに手を借りて立ち上がった
動きが滑らかではないが、ポッドから出ると人間の方へ体を向けて片膝を付くようにして身を屈める
二人を交互に見ると片手を胸元に触れて口を開いた

「初めまして。です」
「僕はジャック。よろしくね」
「ラフだよ。仲良くしてね」

初めて英語という言語を口にしたが、通じてくれたようだ
二人が発する言葉も理解できて、自然と笑みが零れる
兄の言う通り、良い子だと思ったところでパタパタと小さな音が聴覚センサーに触れた
なんだと顔を向けようとしていたところでカメラアイにその姿が映る

「あたしはミコ!あなたはだーれ?」

ジャックとラフの前に滑り込むようにして現れた人間
びくりと肩が揺れると兄の手が背中に触れた

『(彼女は僕の……ラフ、説明して)』
「うん。ミコ、彼女はっていう名前で、バンブルビーの妹だよ」
!素敵な名前ね。バンブルビーに妹がいたなんて聞いたことなかったけど……似てるわ」

ミコ、という名前の女の子の言葉にジャックとラフの視線が自分と兄を行き来するのが分かる
カシャリとカメラアイを瞬くと二人が小さく頷いて口を開いた

「そうだね。目が丸いのとか、背中のドアとか。よく似ているよ」
「トランスフォーマー相手にこういうのは失礼かもしれないけど……可愛いよね」

そんな風に言われると恥ずかしくなる
自身に比べるとかなり大きな機体の自分に対して可愛いだなんて
胸元でもじ、と指先を動かすとアーシーが小さく笑ってこちらへと歩み寄ってきた

「そうね、は確かに可愛いわ。故郷で人気があったんだから」
「っ、アーシー」
「何度も交際を申し込まれたじゃない。まあ……バンブルビーと私が追い払っていたけど」
「……懐かしいね」

そんな事があったなと思い返しているとガシャンガシャンと大きな足音が近付いて来る
顔を向けるとバルクヘッドが側に来て上体を乗り出すようにして身を屈めると口を開いた

、久しぶりだな。無事で良かった」
「うん。皆に会えて嬉しい」

自分がどれくらいの間眠っていたのかは分からないが、再会できて良かったと思う
正直、故郷を離れる時の事はよく覚えていないが――
と、考えたところでキュルッとブレインが音を立てる
何かを思い出そうとすると痛みまで感じてきて僅かに眉を寄せた
自分と共に発着場にもう一人、誰かが居たように思うのだけど
キュルキュルと音が止まらないのが側に居る兄に聞こえたらしい
彼がこちらに顔を向けて心配そうに首を傾けた

『(、調子が悪いの?)』
「ん……なんか、記録がおかしくて……」
「ブレインか?他のプログラムを流す間にメンテナンスをしよう。何年もやっていないから一通り見ておかなければ」

ラチェットに促されて立ち上がるとコンソールの側のコンテナに腰かける
医師が準備しているのを尻目にきょろりと視線を動かした
ここが地球という星のオートボットの基地なのか
そう思いながらカメラアイであちこち見ている間に色々なコードが体に貼り付けられていった
手の甲にもぺたりと貼り付けられ、そちらに視線を落とすとラチェットに声を掛けられる

「ブレイン以外に異常は?」
「えっと……急ぐものではないのですが」

言いながら右腕を軽く上げてブレードを出した
通常よりも半分ほどの長さで折れてしまっていて使える状態ではない
今すぐに使う物ではないから、リペアはいつでも良いのだけど
そんな事を考えているとラチェットが驚いたようにカメラアイを見開いた

「ブレードを折ったのか?これは簡単に折れるものではないんだぞ」
「脱出前にディセプティコンが……その時に撃ち抜かれてしまって」
「はぁ……危ないことをするなと何度も言っているのに。オプティマス、説教をしてくれ」
「……そうだな。はお転婆すぎる」
「え」

司令官のお説教は遠慮したい
静かに、滾々として終わりが見えないのだから
逃げようとするが多数のコードが邪魔で動けなかった
更に背後からバンブルビーに肩を掴まれて余計に逃げ場を失い、しゅんと肩を落とす
そんな自分の前にオプティマスが立ち、ラチェットはコンソールを弄って
プログラムを流されながらメンテナンスとリペアを受け、兄の監視の元で司令官からの説教を受ける
そんな地獄の時間が始まりは視線を己の膝に固定しながら神妙にオプティマスの言葉に聴覚センサーを傾けた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


司令官にお説教されながらこの星で活動する為に必要なプログラムを一通り流され、折れていたブレードも修復され、メンテナンスのついでに冷却水を補充されて
疲れた、と壁に寄り掛かって座っている自分の周りには地球人の子が集まっていた

、大丈夫?」
「ん……ちょっとブレインが疲れてるけど、平気」
「記録の方は……難しいみたいだね。どうしてロックが掛かってるんだろう」
「うん……」

ラフの言葉に小さく頷いて頭に手を触れる
自分では意識していないのだが、一部の記録がロックされていると言われていた
強制的に解除は出来るみたいだが、ラチェットはその部分を弄ってはいない
何の記録だったのかすら分からないが、自力で解除出来るまでそのままにする事になっていた
無意識の内にやってしまったのか、そのパスコードが分からず解除できない
今のところ、その記録が無くても支障はないけれど――
ただ、なんとなくもやもやしてしまう
気にせずにいようと思っているとミコが自分が腰かけるコンテナによじ登ってきた

「ね、は何をスキャンするの?」

黒色の”髪”というものを揺らしながらそう聞いてくる彼女
それを聞いては頭から手を離すと僅かに首を傾げた

「車かな。空を飛ぶ乗り物だと、街に行けないから」
「じゃあの色に合わせた綺麗な白い車を捜さないと。いつかあたしを乗せてね!」
「うん」

そうか、まずはこの星の乗り物をスキャンしなければいけないのか
この基地――オメガワン――の周囲にはあまり地球人は近付かないらしいから、対象を見つけるのが大変だろうけれど
そんな事を考えているとバルクヘッドと話をしていたアーシーがこちらへと歩み寄ってきた

、屋上へ行きましょう」
「屋上?」
「ええ……オールスパークに還った仲間が眠っているわ」
「っ……!」

それが誰なのか
聞かなくても彼女の表情を見て察してしまった
動揺を押し殺しながらこくりと頷いて立ち上がる
足元の子どもたちを蹴ってしまわないようにそっと足を踏み出すとエレベーターへと向かうアーシーの後を追った
ガシュン、と音を立てて開く扉からエレベーターに乗り込むとパタパタと子どもたちが追ってくる
彼らが壁際に並ぶのを見ながらアーシーがスイッチを押した
低い稼働音と共に僅かな重力を感じる
はパネルに表示される上向きの矢印を見ながら彼女に声を掛けた

「彼は……いつ?」
「二ヵ月前、ね」
「……ディセプティコン、が?」
「ええ。メガトロンもいるわ。この星に、ではなくて宇宙を飛んでいる基地に、だけど」
「……そう」

  故郷から遠く離れたこの星にディセプティコンがいるなんて
しかもメガトロンまで――
ちらりと壁際の子どもたちへと視線を向けてほんの少しだけカメラアイを細める
この子たちは自分たちの戦いに巻き込まれてしまったのか
保護対象としてこの基地に出入りしているようだし
戦う力を持たない人間を守らなければ
そう思い、体の前で合わせている両手に僅かに力を込めた
それからオールスパークに還ってしまった仲間を想う
彼はよく喋り、時に煩いくらいだったが同時に頼りにもなっていた
どのような最期を迎えたのかは分からないが、眠っているその場を見て平静でいられる自信が無い
顔を俯かせ、暗い床を見つめていると肩にカシャリと音を立ててアーシーの手が触れた

「一言、久しぶりって言えば良いのよ」
「……うん」

こくりと頷くとエレベーターの上昇が止まり、扉が開く
それと同時にさらりと装甲を風に撫でられて久々の感覚に弾かれたように顔を上げた
カメラアイに映ったのは少し暗い色の空と、その下に広がる広大な大地
故郷の星とは違って、鉄で覆われた場所などなく遠くの方には森なのか緑が生い茂っているのを確認できた
すうっと空気を取り込んで排気するとなんだか心地が良い
焼け焦げたエネルゴンやオイルの匂いなんてしなくて、とても澄んでいるように感じられた

「こっちよ」

自分の足元をミコがそう言いながら駆けて行く
はその小さな背中を見つめながらエレベーターの外へと足を踏み出した

2023.10.08 up