03

幾つもの石が積み上げられているクリフジャンパーのお墓
はその前に膝を付いて両手を握り合わせていた

――。お前はあまり前に出るな――
――お前、兄ちゃんに似て動きが機敏だな――
――ははっ。本当に可愛いな、は――

彼との会話が自然とブレイン内に思い浮かび冷却水でカメラアイが僅かに滲む
小さく排気して、軽く瞬いてそれを誤魔化すと精一杯の笑顔を浮かべた

「久しぶり、クリフジャンパー」

アーシーの話ではこの下には彼の機体の一部――角の部分しかないらしい
どれだけ酷い損傷を受けたのだろうか
想像するのが怖いくらいだと思いながら膝に手を触れて立ちあがる
そのまま動かず、じっとお墓を見ているとアーシーが隣に並んだ

「彼が居なくなって……オートボットは静かになったわ」
「そう……」
「代わりにミコが賑やかだけど」
「ふふっ……そうなんだ」

でもパートナーを失ったアーシーは辛いだろう
いつもペアで行動していて、いつかお付き合いするのかな、なんて兄と二人で話をしていたのに
いつまでもその喪失感は癒えないのだろうなと思っていると足元にラフが駆け寄ってくる

、夕焼けだよ」
「え?」
「ここから見る夕焼けは凄く綺麗だよ」

言いながら彼が指を指し示すのを見てそちらへ顔を向けた
カメラアイに映るのは先程よりも暗くなった空と、地平線へとより近付いた太陽
藍と緋色が同時に見えるこの光景は、彼が言う通りとても綺麗だった
故郷の星ではこんなに赤い色を見る事はなく――
と思ったところでブレイン内でピキッと小さな音が鳴った
同時にスパークがジリッと音を立て、カメラアイを見開く

?」

足元でラフがこちらの名を呼ぶが反応出来なかった
自分の意識は闇に侵食されていく緋色に夢中で――
どうしてこんなに惹きつけられるのか

この色は、この赤は、敵対するディセプティコンが持つカメラアイと同じ色なのに

ジリジリとスパークが音を立て、徐々に視界が滲んでいって
カメラアイから頬へと冷却水が伝い落ちるとアーシーが慌てたようにこちらの両肩を掴んだ

「どうしたの、
「あ……」
「メンテナンスは問題なかったけど、長く眠っていたから調子が悪いのかも」
「下に戻って休みましょ」

ジャックとミコの言葉にアーシーが同意してこちらの体を支えるようにして歩き出す
本心ではまだこの赤い色を見ていたいのに
でも周囲で心配してくれる皆にそんな事は言えずには促されるままエレベーターへと戻った
メインフロアに入るとバルクヘッドの側に居た兄がこちらに顔を向け、驚いたようにカメラアイを見開いてから駆け寄ってくる
顔を覗き込むように身を屈めて、それから指先で頬を濡らす冷却水を拭われて

『(どうしたの?なにかあった?)』
「ううん。クリフジャンパーには挨拶出来たし……綺麗な、夕焼けだった」
『(でも、泣いてる)』
「どうして、かな。分からないの」
。自分で異常は感じないのか」

そうオプティマスに声を掛けられて首を振る

「いいえ、何も。ただ、夕陽を見たら……」

どうしようもなく寂しくて、恋しくて
一体、何に対してそう感じているのか自分にも分からない
ロックが掛かる記録の部分にその答えはありそうだけれど
でもスパークもだいぶ落ち着いてきたからもう大丈夫だろう

「すみません、ご心配をお掛けして……」
「いや……暫くはディセプティコンとの戦闘は避け、この星に慣れることを優先してほしい」
「はい」

司令官の言葉にそう返すとバンブルビーに手を引かれて壁際に並ぶコンテナに座るように促された
腰を下ろすと隣に兄が座って気遣うように肩を摩られる
彼の体に寄り掛かるようにして身動ぎをすると子どもたちが心配そうな表情で側へと寄ってきた
出会ったばかりの自分をこんなにも気に掛けてくれるなんて
良い子たちだなと思いながらは彼らを安心させるように笑みを浮かべた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


ここが、人間が住んでいる場所なのか
目覚めてから一週間が経ち、無事にビーグルモードのスキャンを終えたからと初めて街に来ていた
基地がある場所とは全く違っていてなんだか違う世界に来たかのように感じる
道路の両側に並ぶ家屋はトランスフォーマーの自分から見れば小さなものばかり
車道を行き来する車には人間が最低一人は乗っていて、ハンドルを握り運転していた
バイクを見掛けたり、歩道には自転車で通り抜ける子どもを見たり
交通ルールを守ることは難なく出来たが、こんな場所でディセプティコンに遭遇したらどうしたら良いのか
兄の話ではとにかく人気のないところまで移動して戦え、という事だったけれど
そんな事を考えているとパタパタと軽い足音が聞こえて自分の真横で途切れた
そちらを見るとミコが立っていて、キラキラした目という器官で自分を見ている

「綺麗……ねえ、でしょ?」
「あ……うん、よく分かったね」
「だって、同じ色だもの。素敵……なんて綺麗な車なの。不思議な色……ってフェラーリじゃない!」

前へと回り込んできた彼女に大きな声でそう言われ、危うく車体を揺らしそうになった
びっくりしたと思っているとミコがささっと助手席側に回ってこっそりと声を掛けられる

、これって超高級車よ!街中でもなかなか見かけないんだから」
「そ、そうなの?」

でもこの車体はスキャンする車を選んでいる時に、丁度基地の前を通っていたのだけど
色合いが自分と同じだからと選んだが、目立ってしまうのならば別のものをスキャンし直そうか
そう思っているとミコが窓ガラスに両手を触れて中を覗き込んできた

「ね、乗せて!」
「え?」
「フェラーリなんて乗る機会ないんだもの」
「それは……」
『(駄目だよ、ミコ。はまだ人間を乗せないように言われているから)』

自分の前に停車する兄がそう言いながら後ろへと少し下がって来た
すると彼女がそちらに顔を向け、それからこちらへと向き直る

「なんて言ったの?」
「駄目だよ、ミコ。はまだ人間を乗せないように言われているから、って」

ラフには理解できる兄の言葉
ミコには電子音にしか聞こえないので言った通りに通訳をする
すると彼女がバンブルビーの方を見て僅かに身を乗り出した

「えっ、そうなの?」
「オプティマスが……初心者だから駄目って」
「むーっ」
「ごめんね」
「……じゃあ、初心者じゃなくなったら乗せてくれる?」
「勿論」
「約束ねっ。……って、バルクヘッドは?居ないんだけど……」

ガラスに触れていた手を離し、路肩を見回すミコ
はそれを見て彼女に声を掛けた

「今日はお兄ちゃんに乗ってもらえるかな。バルクヘッドは任務で来られなくて」
「そうだったんだ。バンブルビー、乗せて!」

にこっと笑ってそう言うとタタッとバンブルビーに駆け寄り、開けられたドアから中へと入った
それから少し待つとジャックとラフが一緒に来て、自分を見てわいわいと話を始める
今日はアーシーも不在だから兄が三人を基地まで乗せていく事になる
バンブルビーに急かされて話を終えた二人が兄へと乗車した
先に走り出す彼に近付き過ぎず、遠過ぎずの間隔を保って走り出す
街から離れて郊外へ、その先に広がる荒野をへと通じる道を走った
すると通信が繋げられたままのバンブルビーの車内の会話が聞こえてくる

「ところで、アーシーとバルクヘッドは?」
『(二人はエネルゴンを基地に運んでるよ)』
「エネルゴンを基地に運んでるんだって」
「えっ、ディセプティコンから鉱山を奪ったの?」
『(手付かずの鉱山だよ。が見つけて……妹は探索が得意なんだ)』
「手付かずの鉱山で、が見つけたんだって。探索が得意らしいよ」
「そうなの?万年エネルゴン不足が解消されるじゃない」
『(それが……慣らし運転に基地を出たついでに三つも見つけて来るから……採集が大変なんだよ)』
「えっ、鉱山を三つも見つけたの!?」

兄の言葉をラフが皆に分かるように通訳してくれていた
そんな会話を聞いて思わず笑ってしまう
通った道の側に鉱山があったのだから許してほしい
まぁ、それを基地へ運ぶのに人手が足りなくなってしまったのだけど
なんとなく、あそこにありそうだなと思ったら本当にエネルゴンがあっただけで――
これは探索と言えるのだろうか
そう思いながら基地へと入り長い通路を走る
メインフロアに出ると、採集が一段落したのか皆がグランドブリッジから戻ってくるのが見えた
先に停車した兄が子どもたちを下ろしてトランスフォームをする
それを見て自分もビークルモードからロボットモードへと姿を変えた
するとアーシーがこちらへと歩み寄り、声を掛けられる

、どうだった?初めての街は」
「不思議な感じ。人間が沢山いて、すごく小さな子どももいたの。ミニチュアを見ているみたいだった」
「そうね。私もそんな風に感じたわ」
「アーシーも?……ね、その腕、大丈夫……?」

話をしている間も震えているように見える彼女の両腕
どうしたのかとその腕に触れると装甲が触れ合ってカタカタと音を立てた

「ああ、これ?ずっとドリルを使っていたから震えが止まらないのよ」
「直る?」
「ええ、一時間くらいで自然と直るわ」

そう言い困ったように笑う彼女
自らの腕を摩るとチラッと兄の方へカメラアイを向けた

「次はバンブルビーにやってもらおうかしら?」
『(えっ、嫌だよ)』
「あら、女にあんな力仕事させるつもり?」
『(……分かった、僕がやるよ)』
「ふふっ、冗談よ。一緒にやりましょう」
「アーシー、私も――」
「あなたはラチェットの手伝い。エネルゴンをキューブに替えないと」
「ん、分かった」

自分にはそちらの仕事の方が合っているか
そう思いながらオプティマスの方を見てその側へと歩み寄った
彼がこちらを見下ろすと少し身を乗り出すようにして声を掛けられる

。問題なく街を走れたか」
「はい。と、言いたいところですが……」
「どうした」
「私のビークルモードが高級車のようで……目立つようだから別の――」
「えー!駄目よ!はフェラーリで良いの!」
「ミコ」
「絶対、フェラーリ!すっごく綺麗で素敵なんだから!」

そんな訴えを聞き、どうしたものかと司令官を見上げる
すると彼が少しだけ眉を寄せて口を開いた

「今のままで。目立つビークルモードだろうが……ミコを静かにさせる為に」
「は、はい」

オプティマスがそう言うのならばこのままでいよう
自分も一目で気に入った車だから、出来ればこのままでいたいと思っていたし
はそう思いながら嬉しそうなミコへとカメラアイを向けた

2023.12.26 up