16

風呂に入り、寝衣を寝衣を身に纏い髪を乾かす
ごしごしと水気を拭う腕が疲れると手を下ろして膝の上に置いた
蝋燭の灯りに照らされながら少し身を捩り、首を回して夜空を見上げる
明日は公休日だが何をして過ごそうか
施設も閉鎖されてしまうから訓練は出来ないし、そもそもこの腕が完治しなければ立体機動装置も身に着けられない
大人しく本でも読むか、それともエルヴィンと話でもしていようか
考えている間に眠気を感じてきて、そろそろ休もうか――と思ったところで足音が聞こえてそちらに意識を向ける
エルヴィンと、ミケと――
足音で誰なのかを判断するが、思わず首を傾げてしまう
何故どやどやと、多くの足音が聞こえるのか

(五、六、七……七人、か)

その行き先は複数の扉の前を通って確実にこの部屋へと近付いていた
何事かあったのかと思いながら立ち上がったところで扉をノックされる
既に施錠しているからとは机を離れて歩き出した
エルヴィンは私室に戻ると思っていたが、今日はこちらで寝るのだろうか
いや、それにしては人数がと思いながら鍵を外して扉を押し開けた
同時に室内に入ってくるエルヴィンに驚いて端へと身を寄せる
その後にミケが続き、ハンジが入って何故だかリヴァイ、オルオ、エルドにグンタと
なんだこれはと見送り、廊下に人の気配が消えたところで扉を閉めた

「……あの」

こちらに背を向けている彼らに思わずそう声を掛けるとハンジがくるりと振り返った

、二次会だよ!」
「帰ってくれ」

どこかで飲んで来たのだという事は分かる
全員から酒の匂いがするから
でも飲み足りないからと言って、何故この部屋に来るのか
酒なんて飲めない自分の部屋に
そう思っていると特別作戦班の三人がどこからか酒瓶を取り出して机の上に並べた
更に人数分のグラスまで出てくるのだから呆れるしかない
とにかく本が汚されない内に回収しよう
そう思い、机に近付くと本を手に取りベッドの方へと逃げた
そんなこちらに構わずにグラスに酒が注がれて、それぞれが手に取って

「じゃあ、の全快を願って乾杯!」

なんてハンジが口走ってグラスが掲げられた
乾杯、と声が重なって皆が酒を飲んで
名を上げた主役を部屋の片隅に追いやって何をしているのやら
明らかに全員酔っ払っている
酔うのはハンジと若年層の三人くらいでエルヴィンはどれだけ飲んでも素面だと思っていたが
ちらりとリヴァイの様子を伺うが、彼は酔っても表情が変わらないようだ
ただ、頬の辺りが少し赤いくらいで
オルオは泥酔の手前だろうか
そろそろ飲むのを止めたらどうだろう
只でさえ、普段からあまり飲まないのだから
そう思いながらベッドへと腰を下ろして彼らを眺めた
すると視線の先にいたオルオがふらつきながら振り返り、こちらへと歩み寄って来る
右へ行ったり左へ行ったり
手を貸したくなるような歩き方で側に来るとドサッと音を立てて隣に腰を下ろした
酒の匂いを一層強く感じて僅かに眉を寄せる
そんな自分を尻目に彼はグラスに残る酒を一気に飲み干すとへらへらとした笑顔でこちらを見た

「よお、
「……こんばんは、オルオ」
「お前の全快願いに来てやったぞ」
「アリガトウ……」
「おう、嬉しいか」
「そ、そう、だな……帰ってくれ」
「来たばかりだぞ。帰らねぇよ」
「俺は、今から寝るところで……」
「そうか、寝るのか……分かった」
「分かってくれたか」
「俺が一緒に寝てやろう」

言うなりこちらの手にグラスが押し付けられる
思わず受け取ってしまうと肩から手が離され、ジャケットを脱ぎ、ぽいと床に投げてスカーフを外して
それもぽいと投げてブーツを脱ぎ散らかすとベッドの上に転がってしまう
手探りで毛布を手繰り寄せるとぽんぽんと隣の空間が叩かれた

「ほら、
「……オルオ、帰れって」
「遠慮すんな」

お前が遠慮をしてくれ
そう言いたいが酔っ払いには何を言っても無駄か
リヴァイを見るが彼は部屋に来てから二杯目の酒をグンタに注がせていた
話を聞いてくれないのは目に見えていて、仕方なく本とグラスをサイドテーブルに置く
もう自分も眠ってしまおう
そう思い、室内履きを脱ぐとオルオの隣に横になった
普段からエルヴィンと寝ているから別に狭くはない
一人用として置かれるには大きいベッドだから余裕があるくらいだった
酔っ払いは煩いがもう眠ってしまおう
目を閉じていればいつかは眠れるだろう
彼らが全員、酔い潰れてからになるかも知れないが
はそう思いながら毛布を肩まで被ると目を閉じた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


カタ、と風が窓を押す音が聞こえて目が覚める
起き上がろうとして、体の上に何かが乗っているのに気付いた
息苦しいと思いながら目を開けて――見えたのはこちらの体に乗り掛かっているリヴァイの姿で
出そうになった声を飲み込むと、深く息をはいて彼の体に手を触れた
何故彼が自分の上にいるのか
リヴァイの恋人であるオルオと体格が似ているから間違えたのかも知れない
圧し掛かる程度の事で済んで良かった
そう思いながらちらりと隣のオルオを見て、彼の向こう側が空いているのを確認するとそちらへと転がす
ごろりと思った位置に嵌る兵長を見てほっと息をはいた
右隣にオルオで、左隣はエルヴィンで
なんで男が四人で一つのベッドで眠っていたのか
そう思いながらエルヴィンを跨いで床へと下りた
蹴散らされ、ひっくり返った室内履きを履くと窓へと近付く
カーテンを開けて、鍵を開けて
それを開くと流れ込む外気をゆっくりと吸った

「クソッ、酒臭ぇ……」

部屋に充満する酒の匂いだけで酔いそうになる
そう思いながらもう一つの窓のカーテンも開け、朝日が差し込む室内を見て――は肩を落とした
椅子は倒れて、机の上には酒が零れて
何があったのかグラスは複数割れている
そして床にはミケとハンジとエルドとグンタが雑魚寝をしている状態だった
これを掃除するのかと思うと頭が痛くなる
只でさえ、右腕が満足に動かない状態だというのに
そう思いながらふと背後を見て、公休日だというのに早朝から外の道を通る二人組を見つけると窓を開けた
少し身を乗り出すと特徴的な髪形の男に声を掛ける

「おい」
「っ……分隊長」
「大男をどうにかしてくれ」
「えっ、ミケさんが部屋にいるのか」
「そうだ」
「分かった、すぐに行くよ」

ゲルガーとナナバがそう言い、玄関へと向かうのを見た
あとはモブリットと、ペトラ、は声を掛けても無理か
女一人に男四人を運べなんて酷な事だろう
そう思い、窓を離れると扉へと近付いた
廊下を走る足音を聞きながら扉に近付いて施錠を忘れたそれを押し開ける
すると駆けて来る二人が見えて室内へと踵を返した

「ミケさん!」

ゲルガーの声を聞きながら自分は床に散らばるジャケットを拾い上げる
このサイズはリヴァイか
小さいなと思いながらそれを払ってベッドに置く
続いてスカーフを拾い上げ、エルヴィンのジャケットを手に取ったところでナナバに声を掛けられた

分隊長、すまないね。ところで……なにが、あったんだい?」
「さぁ、メガネが言うには二次会だそうだが」
「……そう、それで……」

ちらりとベッドへ視線が向けられたが何も言わないでおく
オルオの影になっていてリヴァイの姿は見えないだろうか
ナナバの目にはエルヴィンとオルオが仲良く眠っているように見えるだろう
そう思っている間にもゲルガーがミケを抱えようとしているがその長身ゆえに苦労していた
比例して体重もあるからなと思い、ふと聞こえた足音に立ち上がると扉へ近付く
廊下へ顔を出すとハンジの元に行こうとしていたのかモブリットの姿が見えた

「副隊長」
「あっ、分隊長。おはようございます。公休日なのに早いですね」
「そうだな、公休日の前日だからこそ大変なことが起きた」
「大変なこと……?」
「俺の部屋にメガネが転がってる。連れて行け」
「えっ、はい!」

こちらの言葉にモブリットが慌てたように駆け寄ってくる
端に寄って室内を見せると彼が一瞬動きを止め、こちらに体を向けると頭を下げた

「すみません、ご迷惑を……」
「……連れて帰ってくれ」
「はい、すぐに。……ハンジ分隊長、起きてください!」

声を掛けながら部屋に入ってくるモブリット
起きないだろうなと思いながらオルオのジャケットを拾い、スカーフを拾って
それらをベッドに置いて、更に三足のブーツをきちんと並べてから難儀している三人を眺めた
どちらも起きる気配はなく、どうにも動かせないようで
は溜息をもらすと仕方がないとミケに歩み寄った

「おい」
「あ、すまん。ミケさんはこの身長だから難しくてな……」
「だろうな。とにかく邪魔だ。廊下に出す」

言い終えてなんとか上体だけを起こされたミケの背後へ回り込んだ
左手で襟首を掴むと力を込めてそのまま戸口へと引きずっていく
さすがに重たいが、普段から掃除している床は艶やかで男一人ならば滑ってくれた
廊下に出て、数歩進んだところで手を離すとゴン、と頭をぶつける音を聞きながら部屋に戻る
続いてハンジの襟を掴んで同じように廊下に出した
エルドとグンタは迎えがないから仕方なく部屋の隅へと運ぶがさすがに左手の握力が怪しくなってくる
手指を握ったり開いたりしながら茫然とこちらを見る三人へ顔を向けた

「廊下には出した。後はどうにかしろ」
「は、はは……君はなんて力を……」
「引きずっただけだ」
「そう、だな。そうすれば良かったのか……いや、だがミケさんを引きずるなんて……」
「すみませんでした、ハンジ分隊長は部屋に寝かせますので……」
「部屋に戻したらお前は休め。公休日だ、こんな日まで上官の顔を見る必要はない」
「っ、はい、そうですね。今日は休ませてもらいます」

そんな言葉を交わして三人が部屋を出る
取り敢えず部屋の掃除をしてしまおうか
そう思いながら棚を開けて掃除道具を取り出した
公休日の朝一番から掃除をする事になるなんて
まだ寝衣のままだし、手洗いにも行っていない

「あぁ……先にそっちを済ませるか……」

はそう呟くと箒から手を離して衣装棚へと近付いた
扉を開けて、中から私服を取り出すと寝衣から着替える
シーネで固定されてはいるが、三角巾は外すことが増えていた
手首から先はあまり動かないがもう包帯も取れている
少し時間を掛けながら着替えを済ませ、トイレに行って身嗜みを整えて
さて掃除だと部屋に戻り、箒を手に割れたガラスを集めた
カチャカチャと音を立てながら掃き集め、塵取りへと乗せる
零れた酒を拭きたいが、雑巾は絞れるだろうか
右手へ視線を落としたところでごそ、とベッドから音が聞こえた

「うわあぁ!」
「……おはよう、オルオ」
「っ、……」
「起き抜けにエルヴィンの顔はキツいだろう」
「あ、あぁ……俺、なんでお前の部屋に……?」
「昨日、来ただろう。七人で」
「…………あ」
「思い出したか」
「悪い……」
「いや……顔を洗ってこい」

こちらの言葉に彼が毛布を捲り上げ、左右を見て困った表情を浮かべる
右も左も上官で、跨いでベッドを下りる事が出来ないのだろうか
眠っているのだから気にせずに跨いでしまえば良いのに
それにしてもオルオの悲鳴を間近で聞いても起きないとは
それだけ深く眠っているのだろうか
はそう思いながら結局足元の方から床へと下りるオルオを見てほんの少しだけ笑みを零した

2023.01.29 up