04

外傷による熱は上がったり下がったりを繰り返した
ようやく起き上がれるようになったのは受傷から四日目
は朝から風呂に入ると汗を流して身嗜みを整えていた
傷口を洗い流し、水滴を拭いて
縫合されたその場所は初日よりも痛みは引いていた
完治まではまだ日数が必要だろうけれど
消毒をして包帯を巻かなければと思いながら制服を着ると洗濯物を入れた籠を手に脱衣所を出た
手の処置よりも先に洗濯だなと思いながら兵舎の裏口から外へと出る
そこにある井戸の側にはグンタとペトラがいて、楽し気に話をしながら洗濯をしているところだった

「おはようございます」
「おはよう、
「おはよう、起きて大丈夫なの?」
「うん」

返事をしながら二人の側に歩み寄り、壁に立て掛けられている洗濯桶を取ろうと身を屈める
すると目の前にさっとペトラが割り込んできた
その素早さに驚いていると彼女がこちらの腕から洗濯籠を奪い取る

「っ、ペトラ?」
「駄目よ」
「え?」
「その手で……うっ、グロい……せ、洗濯なんてさせられる訳ないでしょ」

こちらの右手に視線を向けると傷口が見えたのか彼女の顔が蒼褪めた
やはりペトラにはこの傷は見せない方が良かったか
先に包帯を巻いて来れば――いや、そうなると洗濯が出来ないし
そんな事を考えているとグンタが立ち上がり、ペトラの手から籠を受け取った

「俺がやっておく。抜糸が済むまでは手を動かすなと言われているだろう」
「そう、ですが。でも洗濯くらいは自分で――」
「傷を濡らすのは駄目だ。風呂ならば良いが、洗濯は力を使うだろう。傷口が開くぞ」

言葉を遮るように正論を言われては引かざる負えない
は手を下ろすのと同時に少しだけ顔を伏せた

「……はい」
「エルドかオルオに包帯を巻いてもらえ。それから、熱が下がったとはいえあまり歩き回るんじゃないぞ」

そんな言葉と共に洗濯場から追い出されてしまう
同性とはいえ洗濯を人に任せるのは気が引けるのだが
でもあの様子では絶対にやらせてくれないだろうと諦めて玄関フロアの方へと向かう
エルドかオルオはどこにいるのだろうか
包帯とガーゼ、それに消毒薬の瓶が入った袋を挟んできた腰のベルトから引き抜いて姿を捜していると、上階からリヴァイが下りて来るのが見えた

「兵長、おはようございます」
「あぁ。熱は下がったのか」
「はい」
「ついて来い」
「?」

なんだろうと思いながらリヴァイの後に付いていく
早速仕事かなと思いながら開けられた扉から部屋へと入った
リヴァイがソファに腰を下ろすのを見てその傍らに立つ
すると彼がこちらを見上げて隣の座面を軽く叩いた

「座れ」
「はい」

言われた通りにその場に腰を下ろすと左手に持っていた袋を取り上げられる
中に入っていた物を前にあるローテーブルに並べるとこちらに手が差し出された
彼の意図を察し、はおずおずと右手をそこに重ねる

「……お願いします」

兵長に処置をさせるなんて
遠慮したいところだがここは従っておこう
そう思いながらリヴァイの動きに合わせて手首を回した
手のひらを見て、甲の方を見て
傷口を確認すると僅かに目が細められた

「痛みは強いのか」
「時々、強く痛みます。ですが内務には支障ありません」
「そうか」

言いながら彼が瓶の蓋を開けて消毒薬をガーゼへとしみ込ませる
それで傷口を拭われるとやはり痛みを感じるが、初期程ではなかった
保護するためにガーゼを当てられ、包帯を巻きながらリヴァイが口を開く

「今夜はどうする」
「団長にご挨拶をしたら帰ろうかと」

明日は公休日で、兵士のほぼ全員が休みになっていた
そんな日の前日は飲み会があり、団長、兵長、分隊長に副隊長とか
上官が集まり、特別作戦班である自分の席も用意されている
酒を美味しいとは感じた事はなく、飲みたいと思った事もないが親睦を深める為に出席するようにしていた
とは言っても、今回でまだ三回目なのだが
どうにもあの雰囲気とか、酔っ払った人の大騒ぎする様子は苦手なのだが欠席は出来ないだろう
だから、乾杯の一杯だけを飲んで団長と分隊長に挨拶をしたら帰らせてもらおうと考えていた
すると包帯の端を留めたリヴァイが「そうか」と返して手を離す
余ったガーゼと、使い終えた消毒薬を袋に戻すとそれがこちらへと差し出された

「ありがとうございます」
「傷の状態は良い。抜糸は早まるかもしれねぇな」
「オルオが毎日消毒してくれて。助かりました」
「そうか」

短く言い終えて、リヴァイが立ち上がる
まずは食事を済ませて、それから定時まで内務に勤しんで
出来る事ならば立体機動装置のメンテナンスをしたいが、手を動かす作業は駄目か
指を動かせば強い痛みがあるし
はそう思い、袋を持ち直すとソファから腰を上げた




定時で仕事を終え、班員全員でとある兵舎へと移動する
廊下を歩いて行くと、ざわざわと多くの人の声が聞こえてきた
開け放たれている扉から室内に入るとそこには普段とは違うテーブルの並びが見える
上座は団長の席で、そこから角を挟んで兵長、分隊長、副隊長と並び、自分たちの席は別の場所に用意されていた
オルオの背中を見ながら足を進めるとちらちらと視線が向けられるのが分かる
顔を見て、それから右手へと注目が集まった
怪我を気にしているのだろうと思いながら前に座ったのと同じ椅子の背もたれを引く
そこに腰を下ろして既に準備されているグラスや皿へ視線を落とした
復帰初日だからか、内務だけとはいえ酷く疲れている
いや、兵長と二人きりの部屋で仕事、というのが疲れた原因か
同じ兵舎で寝起きする上官とはいえ緊張してしまう
しかも、右手を使わずに左手だけだから普段通りには出来なかったし
そう思いながらぼんやりとテーブルの表面を見つめていると間近でコツ、と靴音が聞こえた


「っ……ハンジ分隊長」

名を呼ばれ、顔を上げるとこちらを見下ろす分隊長と視線が合う
ちらりと右手に視線を落とすと改めて顔を見られた

「大丈夫?熱、下がったの?」
「はい。すみません、様子を見に来られたと聞いて……僕、眠っていましたね」
「ううん、ちょっと顔を見に行っただけだから。熱、高かったね」
「はい。今朝になって熱が下がりました」
「今朝?飲み会なんか出ないで休んでないと」
「団長にご挨拶をしたら帰りますから」
「そう。まだ本調子じゃないだろうから無理はしないでね」
「はい」

こちらの言葉にハンジが頷いて側を離れる
捻挫した右足は良くなったようでブーツを履いて普通に歩いていた
良かったと思いながらリヴァイの隣に座る姿を見ると背凭れに寄り掛かる
痛みを抑えるための鎮痛剤は少量とはいえ酒を飲むために今朝から飲んでいなかった
そのせいで動かさずに膝の上に手を置いていても痛みは強い
早く酒席が始まらないか――と思ったところで戸口の方からざわめきが広がった
どうやら団長が来たらしく、挨拶をする声が徐々に移動している
そちらへ視線を向けて、団長が上座に座るのを見た
それから少し時間が過ぎて、定刻になると飲み会が催される
乾杯の声に左手に持ったグラスを軽く上げ、ちびちびと飲んだ
隣の席でオルオが同じように飲み、更にその隣でペトラも飲み慣れない酒に苦戦している
そんな班員を見て先輩二人は一気にグラスを空けていた

「ふう……お前たち、無理して飲まなくて良いんだぞ」
「酒は好みが分かれるからな。残して良いから紅茶を飲んでいろ」
「はい……」
「一杯くらい、飲み干せるようになりたいんスよ」
「うっ……そう、ですよ。せめて最初の一杯は……」

酒を飲める歳になって間もなく、普段は全く飲まない
だから味に慣れられないし、喉を焼くような感覚はどうにも苦手だった
それに自分は酒に弱いようで一杯飲んだだけでふらふらしてしまうし
今日は出来るだけ早く飲んで、頃合いを見て団長に挨拶をして帰ろう
そう思い、つまみとして用意された物を少し食べて、また酒に口をつけて
一時間ほど掛けて漸くグラスを空けるとエルヴィンへと顔を向けた
なにやらリヴァイと話をしているが、今なら挨拶できるか
そう思い、班員に一言断ってから椅子を引いて立ち上がった
ズキズキと痛む右手をあまり動かさないように足を進める
団長が先にこちらに気付き、目が向けられた
相変わらず表情が変わらない人だなと思いながら側で足を止めて上体を倒す

「エルヴィン団長、お話し中にすみません。僕、お先に失礼します」
「あぁ、。大きな怪我をしたと聞いたが……」

言いながら彼の視線が右手へと向けられる
は右手を軽く上げると指を開いて見せた

「この通り、指は動きます。抜糸まで討伐には出られませんが……」
「いや。リヴァイから聞いている。動くのならば良かった」
「はい。では、失礼します」

そう言い、上体を起こすとリヴァイに目礼して側を離れる
ちらりとハンジの方を見るとじっとこちらを見ている視線とぶつかった
それで方向を変えると側に行き、椅子の後ろから声を掛ける

「ハンジ分隊長。足、治ったんですか?」
「うん。すっかり良くなった。医者が君の固定の仕方を褒めていたよ」
「そうでしたか。階段は、駆け下りない方が良いですよ」
「そうだね。そうするよ」

恥ずかしそうにそう言った表情が可愛くて、思わず口元が緩んだ
年上なのに可愛いだなんて、失礼だとは思うけど
そう思いながら一礼すると向かい側に座るミケに目礼して側を離れた
他のテーブルに座る兵士からも怪我を心配する声を掛けられて、それに応えながら扉へと向かう
丁度中へと入って来た兵士とすれ違うようにして廊下に出るとほっと息をはいた
右手を左手で押さえ、強い痛みに眉を寄せる
鎮痛剤を飲みたいが酒を口にしてしまったから今日は我慢して眠るしかないか
どうせ明日は公休日で任務も内務もなく、兵舎で過ごすだけなのだから多少寝坊しても良いだろう

「……公休日、か」

丸一日、何をして過ごそうか
この手では出来る事も限られてしまう
本でも読むかなと思いながらは月明かりに照らされる廊下を歩き出した

2022.10.29 up