03

「んー、やっぱり大きい……」
「当たり前だろ。何センチ違うと思ってるんだ」
「オルオ、何センチ?」
「173」
「へぇ。私150……23センチも違うんだ」

それだけ違えば袖もこんなに余るか
そう思いながら自分が身に纏う寝衣の袖を折り上げた
あまり荷物にならないようにと、持って来たのは下着の替えくらい
王都からこちらへと荷物を発送しているが、あれが届くのは何日後になるのだろう
せめて寝衣を一着は自分で持って来るべきだったか
制服のまま寝るのはと思い、兄の衣装棚から勝手に拝借したそれは自分の体には大き過ぎた
同じくらいの身長のペトラのならば丁度良いだろうけど、身内ではない彼女に借りるのも気が引ける
彼女ならば快く貸してくれるだろうけれど
そう思い、手が袖から出たところで髪に手を触れる
入浴を済ませたばかりでしっとりと濡れたそれを肩に掛けたタオルで拭いた
長いから入浴後は乾かすのに毎日苦労している
だが、多少癖が付こうが目立たないから手入れは適当だった
タオルを一度替えて拭き、少し湿っている髪を絡まらないように緩く三つ編みにしながら兄が座るベッドへと近付く
こちらも借り物の室内履きを脱ぐところんと寝具の上に寝転がる

「あーあ、狭いな」
「ほっそい体で何言ってるの。私一人が居ても十分快適に眠れるでしょ」
「ほっそいのはお前も同じだろうが」
「私は出るとこは出てるでしょ」
「男に出るところはねーからな」
「そうね。……移動が長くて疲れちゃった」
「……おい」
「んー……」
「お前、何しに来たんだよ」
「……」

やはり、兄であるオルオには気付かれるか
自分としては三年ぶりに会う彼に悟られないように、努力したつもりだったが
そう思いながらもそ知らぬふりをして口を開いた

「仕事」
「そりゃ分かるが……なんか、隠してるだろ」
「さぁ」

「その内、分かるんじゃない?きっと、近い内に」

そう呟いて中途半端に体に掛かっていた毛布を引き上げる
もう寝たいと意思表示すると兄が溜息を漏らすのが分かった
それから灯りが消されて、蝋の匂いが強く漂うのを感じているとオルオが隣に横になる
互いに背を向けるような体勢になるとは少し視線を動かした
窓に引かれたカーテンの隙間から夜空を見つめる
明日も良く晴れそうだと思っていると「」と名を呼ばれた
背後に意識を向けると一呼吸おいてから言葉が続けられる

「……俺には、遠慮するなよ」
「うん……ありがとう」

ぽつりと漏らされた兄の言葉にそう返す
転属したという事を知ったら、怒るのではないだろうか
今話さなくても数日経てば所属する部隊と共に周知されるだろう
はそう思い、僅かに身動ぎをすると目を閉じた


◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆ --- ◆


今日でトロスト区に来てから三日目
兵舎の掃除を手伝ったり、本を読んで過ごしたりして時間を過ごしている
本当は訓練施設に行きたいのだが、憲兵団の紋章を着けたままでは気が引けた
同じ理由で外出もせずに兵舎でとにかく静かに過ごしている
ぱら、と頁を捲って文字列を目で追って
すると足音が近付いて来るのに気付いて顔を上げて扉の方を見る
ノックもせずに扉を開けたのは兄だった
今日は旧市街地に集る巨人の討伐任務では――と思っていると彼が口を開く


「ん?」
「お前も来い」
「え?」
「団長の命令だ。装備と外套を着けろ」
「あ……うん」

いきなり何だと思いながら言われた通りに身支度を整える
元から制服を着て、癖でベルトも装着済みだったから立体機動装置を腰に着けて、外套を羽織って
髪は朝にまとめたからこれで大丈夫だろう

「刃、使えるか」
「定期的に交換してるよ」
「よし、行くぞ」

その言葉に頷いて足早に部屋を出た
皆が待機しているのは壁の上らしい
まあ、そこまで行くくらいならと難なくワイヤーとガスを使って辿り着いた
タッと音を立てて着地するとその場にいる兵士たちがこちらに目を向ける
注目はされたくないなとさりげなくオルオの影に隠れようとして――団長と視線が合ってしまった

、こちらへ」
「はい」

心の中では嫌だと言いながらその言葉に従って兵士の間をすり抜けて前方へと向かう
自分が背負う紋章を見た兵士からひそやかな囁き声が交わされた
やっぱりこの紋章は嫌いだ――と思いながらも前方へ目を向ける
兵士を前にして立つのはエルヴィンとリヴァイ
その他に、高身長の男性とゴーグルを着けた――女性がいた
団長、兵長ときたらこの二人は分隊長か
確かオルオの手紙に変人の分隊長について書かれていたような
片方は初対面の人の匂いを嗅いでは鼻で笑う、らしい
もう一方は巨人に対して異常な熱意を持っているとか
そして、後者の分隊長については関わるなと書いてあった
捕獲に協力させようとしてくるから、命がいくつあっても足りないそうで
確かに捕獲は無理だと思いながらエルヴィンに促されて兵士たちの方に体を向けるようにして立った

「彼女は。見ての通り、憲兵団の兵士……だった。本人の希望により調査兵団に編入となる」
「っ……」

ざわりと兵士たちから声が上がる
ペトラが驚いたように目を瞠り、その隣で兄が――僅かに目を細めて自分を見ていた
予想はしていたのだろう
そう思いながら僅かに視線を逸らして誰もいない虚空を見た

「巨人を討伐したことはない。今日の任務が良い経験になるだろう。リヴァイ班は彼女を補佐してくれ」
「了解だ」

そう返す兵長の言葉を聞き、彼に目礼する
兵士になって三年だというのに、巨人なんて見た事もない
やはり憲兵なんて行くべきではなかったなと思う
三年、三年過ごしたら編入しようと決めて頑張ったけれど
そう思いながらエルヴィンの言葉を聞き、それから兵士たちが動き出した
自分はリヴァイが側に居るからその場から動かず――と思っているとオルオが足早に近付いて来る

「おい、!」
「なぁに?」
「お前、勝手に――」
「言ったじゃない」
「は?」
「憲兵団に行く時に。三年経って、オルオが生きてたら調査兵団に行くって」
「っ……本気で来るとは思わなかった」
「言ったことを実行しただけ。後悔しないように生きてるの」

そう言うとリヴァイが僅かに顔を上げた
じっと見つめられてからこちらに近付き、兄の肩に手を触れる

「認めてやれ。の選択だ」
「……はい」
「リヴァイ兵長、どうぞとお呼びください」
「……。てめぇ、実技の成績は」
「最良でした」
「そうか。あまり手は掛からなそうだな」

とはいえ、三年前の話だが
一応、自主訓練はしていたけれど
そう思いながら周囲の空気を察してグリップをホルダーから引き抜いた
刃を装着して壁の縁に立つと人のいない廃墟が広がっているのが見える
そして、その大通りや路地を歩く巨大な人影も――
あぁ、あれが巨人か
普通の人間のようで、そうではなく悍ましい体つきをしている
あれは胴体が長いせいか
体に反して手足が細いせいか
笑ったように吊り上がる口から見える歯がやけに多いせいか
そう思っているとリヴァイがエルヴィンの方へ顔を向けた
団長が頷くと兵長が体を前へと傾けるようにして壁を離れる
その動きに注視していた班員がその後に続き――勿論、自分も遅れる事なく壁から下りた




項を削がれた巨人ががくりと脱力して家屋に覆い被さるようにして倒れていく
リヴァイはそれを見て、視界の端で屋根の上に着地した兵士へと視線を移した
本当に、今まで討伐をした事がなかったのか
訓練兵団の卒業と同時に王都に配属される憲兵
彼女もそうだったのだろうから、経験が無いのは事実だった
だがどうだろう
その動きは見事なもので、初めて目にするであろう巨人に悲鳴を上げる事もなく――
臆する事もなく刃を手に討伐をしていた

「あれで経験がないとは……」
「度胸のある子ですね」
「うぅん……」

エルドとグンタの言葉にペトラが考えるように首を傾ける
どうしたのかと目だけを向けると彼女が眉を寄せて、それから小さく溜息を漏らした

「あれは負けず嫌いなだけ、だと……いつもオルオと競っていたので」
「……」
「そうか、ペトラは昔からを知っているんだな」
「はい。まぁ、オルオとの付き合いが長いので。彼女とはよく遊びました」

と、話している間にももう一体が倒されて脆くなっていた家屋を巻き込みながら倒れる
耳障りな音を立てるのを聞きながら視線を戻せば、なにやら言い合っている様子の兄妹がいて――

「負けず嫌い……その通りのようだな」

言い終えてグリップを握り直すと屋根から離れて二人の元へと向かった
距離が近付いていくとその会話が耳へと入ってくる

「本当に、ほんっっっっとうに邪魔なんだから!」
「はぁ!?俺が討伐したら駄目なのかよ!」
「普通、譲るでしょ!?私は編入したばかりの初陣!しかも妹なんだから!」
「菓子なら譲るが巨人だぞ!隙があれば項を削ぐだろ!任務中にそんなことまで気が回せるか!」
「討伐数稼ぎたいだけでしょ!いっつも手紙で自慢してきて!お前はいつまで経ってもゼロだな、なんて嫌味書いてぇ!」
「事実だろうが!憲兵なんてそんなもんだろ!王都でぬくぬく暮らしてれば良かったんだよ!」
「憲兵は嫌なの!あの手紙読んで、ムカついてイラついて気に障って腹が立って頭に来てむしゃくしゃして夜も眠れないくらいだったんだからね!」
「似たような意味の言葉をだらだら並べんじゃねぇよ!お前、前に出過ぎて孤立寸前なの分かってねぇのか!ちゃんと周りを見て――」

そんな会話が聞こえてため息が漏れそうになる
本当によく喋る兄妹だ――が、どちらの言い分も分かった
初陣だからと緊張して恐怖もあるだろうが、それでも討伐をしようとしている
妹が心配で、補佐をしているがついでに討伐までしてしまうオルオ
気が済むまで喧嘩をさせておきたいが、任務中だと思いその側に着地した

「おい」
「っ――兵長」

さっとオルオが姿勢を正し、それに一瞬遅れても習う
リヴァイは二人の顔を見ると周囲を見回してから口を開いた

「良い動きをする。兄妹喧嘩は後にしろ」
「「はっ」」
「中央広場に行くぞ。巨人が集ってやがる」
「「了解しました」」

声を揃えて返事をするが、ちらと視線を合わせるとぷいと互いにそっぽを向く
仲が良いのか悪いのか
リヴァイはそう思いながら信煙弾の上がる中央へと体を向けた

2023.04.07 up