04

旧市街地の広場に下りて刃を立体機動装置に納める
目に見える範囲に巨人の姿はなかった
王都では巨人を討伐する事はない
壁に守られて、侵入してくる事はなかったから
自分以外は巨人の討伐に慣れている調査兵団の兵士ばかりで、自分は初めての実戦だった
思ったよりも巨人の動きは緩慢だったように思う
奇行種、という個体の動きには戸惑ったが討伐出来て良かった
周囲の人とは異なる紋章を背負い、はそんな事を考えていた
家屋が崩れる中、討伐をしていたせいか体が埃っぽい
頬に指先を触れると細かな埃がさり、と肌に擦れ合った
髪も汚れただろうなと思いながら右手で頭に触れる
結構動いたが、髪型は崩れなかった――と思ったところで自分の上に影が下りた
振り返ろうとしたところで項の辺りに気配を感じる
スンスンと、微かな息遣い
それが耳に届くのと同時に体が勝手に動いてしまった
エルヴィン団長が何やら兵士に指示をしていて、その傍らにリヴァイ兵長が居て
駐屯兵が忙しそうに動き回っているその広場にパァンと乾いた音が響き渡る

「……あ」

ぱちり、と目を瞬き、そして手のひらにじんじんとした痛みを感じた
更に自分の真後ろに居た男性が、左の頬を少し赤くしているのを確認する

(やっちゃった)

引っ叩いてしまった
高身長の分隊長を――

それを認識するとは即座に頭を下げた

「申し訳ありません!」
「……」

謝る自分に対して無言の男性
返事はないが謝罪はしたから逃げようか――と思ったところで誰かの笑う声が聞こえた

「あははっ。ほら、その癖は止めた方が良いって言ってるのに」
「……」
「相手は若い女の子だよ?いきなり匂いを嗅がれたら引っ叩くに決まってるじゃないか」
「……そうか」
「……」
?ごめんね、驚かせたよね」
「い、いえ、今のは、私が悪いので……」

匂いを嗅ぐのが癖だという分隊長の存在は知っていたのに
でもいきなりだったから驚いて反射的に動いてしまった
これが常時の時だったならば振り返りはしても引っ叩きはしなかっただろう
でも今は、討伐を終えたばかりで汗もかいているのに
そんな状態で匂いを嗅がれては相手が誰であっても引っ叩いてしまう
失敗したと思っていると誰かの手が肩に触れた
下げたままだった頭をそろりと上げると、にこっとその人が笑みを浮かべる

「私は分隊長のハンジ。ハンジ・ゾエ。宜しくね」
「はい、ハンジ分隊長」
「うん。で、この背の高いのも分隊長だよ。ミケ・ザカリアス」
「……ミケ分隊長」
「……驚かせた」
「え、ええ……驚きました」

この分隊長はどちらともあまり関わりたくないような
ハンジさんの明るい性格は好きだなと思ったけど
でも兵団に所属するのだから親しくして――おかなければならないのか
考えると無理そうだけれど、遠慮したいけれど頑張ろう
そう思っていると両腕を掴まれてぐいと背後へ引っ張られた
それによって肩に触れていたハンジの手が離れる

「失礼しました!、行くぞ」

そう言い、オルオに手を引かれて何処かへ連れて行かれた
パタパタと足音を立てて向かった先にはエルドとグンタ、それにペトラがいる
三人の側まで来るとオルオが足を止めてはあと息をはいた

……面倒な人の相手してんじゃねぇよ」
「向こうから来たの」
「まぁ、分隊長として挨拶を、だな」
「ハンジさんの性格は好きですが、ミケさんイヤです」
「イヤとか言うな。立派な人なんだ」
「ですが……」
「ミケ分隊長の討伐数は兵長の次に多いんだぞ」
「ぞわっとしました」
「ま、まあ、癖とはいえ顔の距離が近かったからな……」

自分を宥め、慰めようとしてくれる先輩二人
は曖昧に頷きながら未だに痛む右手を摩った
すると手のひら以外の場所に痛みを感じて僅かに眉を寄せる
視線を落とすとゆっくりと回すように手首を動かしてみた

「……」

どうやら、引っ叩いた反動で手首の筋を痛めたようで
巨人相手に怪我をしなかったのに分隊長相手にこんな事になるとは
これは恥ずかしすぎるから隠しておこう
放っておいても恐らくは大丈夫だろうから――と、思ったところでオルオに右腕を掴まれた

「っ……なに?」
「おい、どこを痛めた」
「……大丈夫だよ、大したことないから」
「言え」
「うん?怪我をしているのか?」
。無理をするな」
「どこ?肩かしら……」

四人に囲まれてしまい、体のあちらこちらに視線が向けられる
はその優しさを嬉しく思い、同時に恥ずかしさを感じて少し顔を俯かせた
このまま黙っていては兵長を呼び出して尋問されてしまうのでは
それは避けたいと思い、引き結んでいた唇をゆっくりと開いた

「手首が……」
「「「「手首?」」」」
「……分隊長を、引っ叩いた時に……痛め、て……」

恥ずかしさのあまり徐々に声が小さくなっていってしまう
だが誰も笑う事なく、皆の視線が自分の右手首へと向けられていた

「腫れてはいないが、痛みがあるのなら固定をした方が良いか」
「そうだな。先に消炎鎮痛剤を使おう」
、手当てをするわ」

皆に促されて簡易な診療所へと連れて行かれてしまう
邪魔になる外套を脱がされ、ジャケットの袖を捲られて
ペトラに痛む場所を確認しながらひんやりと冷たい軟膏を塗られる
ガーゼが当てられるとエルドが包帯を巻いてくれた
クルクルと何度か重ねられて、気付けば手首が動かせなくなっている
これでは帰りの壁越えの難易度が上がってしまうではないか
グリップを握る指とアンカーの射出角度が必要なだけで、手首を使うことはない
けれど、人にはそれぞれ癖があり、自分は手首がこの角度で固まってしまうと――
なんて考えているとオルオの手が頭に触れて俯いていた顔が上げられた

「背負ってやるよ。こんな時は兄ちゃんに甘えて良いんだぞ」
「……あら、頼りになるお兄様ですこと。とても心強いですわ」

格好つける兄に足して、思わず取ってつけたような令嬢言葉を返してしまう
そんな自分にオルオが可笑しそうに笑い、ペトラは「やっぱり悪役令嬢」と言って、二人の先輩が何故だか頬を染めていた
どんな反応だと思いながら立ち上がるとジャケットの袖を戻して外套を羽織る

「さ、そろそろ壁内に戻る頃だ。行くぞ」
「うん。帰ってからやることは?」
「報告書の作成だ。あと、立体機動装置の整備だな」
「そう」

この手首では整備は無理、だろうか
力が必要な部分があるから痛みが引くまで待った方が良いかも知れない
無理に整備しようとして、途中で力尽き組み立てられなかったら困るし
そう思いながら診療所を離れて団長たちがいる方へと向かった
撤退の準備をしているようで駐屯兵が走り回っている
自分たちは討伐で、彼らは運搬作業で
大変だなぁと思っているとエルヴィンが側に歩み寄ってきた


「はい」
「明日にでも君の所属部隊が決定する。待機していてくれ」
「了解しました」

そうか、決まるのか
どの部隊になるのだろう
何処でも良いが、ミケの所だったら気まずいなと思ってしまった
出来ればハンジさんが――と考えたところで兄がこちらに顔を向ける

「ハンジさんじゃないと良いな」
「え?」
「早死にするぞ」
「うっ……うん、そう、だね」

巨人の捕獲に駆り出されては確かに命がいくつあっても足りない
あれは討伐するので精一杯だと今日実感したから
どうやって捕まるつもりなのだろうか
なにか罠でも仕掛けて――結構大掛かりになるなぁと思っていると不意に手を掴まれてびくりと肩が揺れる
顔を向ければリヴァイがいて、こちらの右手を掴んで手首を見ていた

「どうした」
「あ、いえ……大したことは」
「オルオ」
「……その、巨人相手ではなくて、ですね。ミケさんを引っ叩いた時に、痛めたと……」

先程の出来事は団長も兵長も見ていただろう
二人とも何も言わなかったが、あんなに良い音が響いたのだから
怒られるかな、と思っているとそっと手が下ろされてゆっくりと離された

「無理もない」
「……はい……ですが、分隊長には申し訳ない事を……」
「アイツの癖は……女には堪えがたいだろう」
「そうですね……」
、壁を超えられるか」
「いえ。ですが、兄に背負ってもらいます」
「大丈夫ッスよ。は見ての通り、軽いですから」
「そうか。……戻るぞ。お前たち、オルオを補佐しろ」
「了解です」

代表としてエルドがそう言葉を返し、オルオが自分の前に立ってその場にしゃがみ込む
その肩に手を触れて、立体機動装置の邪魔にならないように足を前に踏み出して
すると兄がこちらの太腿を腕で抱えながら立ち上がった
一度背負い直されて体が上に弾む
後は――オルオの動きを阻害しないように大人しくしていなければ
そう思い、首に腕を回して顔を伏せた
すると先に兵長が飛び、それを追って兄が地面を離れて
その後に三人が続いて廃屋の上を移動する
自分で移動せずに背負われた状態だとなんだか変な感じがした
とにかく、状況を判断して体重移動くらいはしなければ

(配属先かぁ……どこになるのかな)

まぁどこに行っても自分は巨人を討伐すれば良いのだが
他にも書類作成とか訓練とか色々あるだろうけど
はそう思いながら眼前に迫る壁に視線を巡らせた

2023.07.19 up